第66話 JUST COMMUNICATION

「もうほんと信じらんない!!」


 夜。俺はコリス亭のバックヤードに招待された。夕食の誘いだった。メニューは他の客と一緒だ。食べる相手が増えるだけで食卓は華やぐ。それが女性なら猶更だ。


「何をそんなに怒っているんですか」


「いやあんた!イケダさんのことだよ」


「え」


 正面にステラ、その隣に母上が座っている。3人の前には大きな鍋が置いてある。今夜は鍋料理だ。


「昨夜の件については何度も謝ったじゃないですか」


「1回しか謝られてないし!」


 そうだったか。そんな気もする。ステラには1回、母上に5回謝罪したんだ。


「それに今日、明日、明後日の分は前払いしたじゃないですか。今後もそうしますし。二度と滞納しませんって」


 3日分を前払いした影響で2万ペニーが吹っ飛んだ。懐が寒い。しかし案ずることはない。俺には金の鉱脈がある。今日は100匹近くのゴブリンを殲滅した。報酬に換算すると3万ペニー以上だ。しばらくはゴブリンスレイヤーの生活が続くだろう。


「ステラしつこいわよ。もういいじゃないの………あら、お鍋が冷めてきたわ。温め直してくるわね」


「自分が運びましょうか」


「大丈夫よ。座っていて」


 腰を浮かしかけたが制止された。大人しく座り直す。母上は「よいしょ」と言って鍋を持ち上げた後、そのままキッチンの方へ持って行った。


「で。イケダさん、昨夜は何してたの?まさか夜遊びじゃないよね?新人冒険者がそんな余裕あるはずないもんね。っていうか普通ならうちの宿に連泊できるはずもないんだけど」


 コリス亭の宿代は夕食・朝食込みで七千ペニー近くする。温泉付きを考慮すれば首都内でも安い方らしい。しかし彼女の言う通り、Fランク冒険者が連泊できる価格帯ではない。


「昨夜はバーでアダルティーに過ごしていました」


「は?何言ってんの?1人で?お金は?」


「質問多くないすか」


「いいから答えてよ」


 まるで彼女のような詰め方だ。何をそこまで知りたいのだろうか。


 助けを求めようとキッチンに視線を向ける。母上は人差し指の上にボッと火を灯し、鍋の下に敷かれた木に近づけた。木は一瞬で燃え鍋を温め始める。


「母上って火魔法が使えるのですか?」


「お母さんのこと母上って呼ばないで」


「母上ー、火魔法使えます?」


「使えるわよ~」


「お母さんも反応しなくていいから!」


 ステラは相変わらずガルルルとこちらを睨んでいる。追及の手は緩みそうにない。


 ミリア・シーフードのことを話しても問題ないだろうか。彼女はステラを親友と呼んでいた。そうなるとステラもミリアを知っているだろう。俺がミリアとお酒を飲んでいたことを知ったらどう思うだろうか。分からない。まるで反応が予想できない。危ない橋だ。渡る必要はない。


「誰かと一緒に飲んだ記憶はありますが、酔っていたので覚えてません。お金は、ゴブリンとか狩って稼いでます」


「覚えてない?ゴブリン?んー?」


 前のめりの態勢で唇をとんがらせている。キスしてもいいのだろうか。


「キス―――」


「はーい。温め直したわよ。どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


「んー?」


 お玉を手に取り鍋の具材をお椀によそう。母上に食べるか尋ねると「私はもうお腹一杯だから」と言われた。お玉を元の位置に戻して鍋スープをすする。あぁ美味しい。


 具をハフハフしながら彼女を見やる。ステラは同じ態勢のまま不可思議な表情を浮かべていた。




 ★★★★




 日課を終え冒険者ギルドを訪れる。相変わらずの混み具合だ。どの都市でもこうなのだろうか。いつもの受付へブツを持っていき、お金と交換してもらう。


「ほれ、3万とんで3百ペニーだ」


「ありがとうございます」


 テーブルに置かれた硬貨を袋に詰める。今日は101匹だった。明日は102匹を目標としよう。


 袋詰めが終わった。もう用はない。


「では……」


「ちょい待て。お前、パーティーに興味ねえか?」


 珍しい。おじさんの方から話しかけてきた。しかもパーティーの誘いだった。どういう風の吹き回しだろう。


「興味ありますよ。近々大規模な催しがあるのですか?」


「ちげえよ。そのパーティーじゃねえ。チームの方のパーティーだ」


「はぁ」


「お前にパーティー加入の誘いが来てんだよ」


「え」


 理解した。どうやらどこぞのパーティーからスカウトを受けたらしい。理解はしたが意味が分からない。


「なぜ自分が?」


「俺がそいつらに話したんだよ。滅茶苦茶ゴブリンを殺戮してる奴がいるって。そしたら興味を持ったようだ」


「個人情報漏洩ですよ」


「名前までは言ってねぇからセーフだ」


 何がセーフなんだろう。その禿げあがった頭を引っ叩いてやりたい。


「興味を持ったのはどこのどいつですか」


「それは言えねえ」


「は?」


「個人情報だから」


「おいハゲ」


「あ?」


「すみません。何でもないです」


 反論を引っ込める。一瞬だが危ない眼をしていた。彼にも琴線は存在するようだ。


「どうだ?パーティーに入るか」


「申し訳ありませんがNOです。素性も分からない相手にホイホイついて行けませんし、今のままでも十分生活できています。パーティーを組む必要性が感じられません」


「そうか。悪い話じゃないんだがな。先方には俺から断っておくよ」


「ええ。ついでに言っておいてください。お願いする立場なら名前くらい開示しろと」


「へいへい。伝えとくよ」


 オジサンに一礼してギルドを去る。よく分からない誘いだった。断って正解だったと思う。もう少しゴブリン生活でも問題はあるまい。


「さて」


 この後の予定は決まっている。海鮮山鮮亭だ。


 ミリアに会いに行こう。

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