第63話 金髪碧眼の洗礼

 夕刻。冒険者ギルドへ足を踏み入れる。いつも通りスッカスカの列に並ぶ。いやその前にやることがあった。


 掲示板へ行き1枚の依頼書を取り外す。その用紙を受付おじさんへ持っていく。


 「あ?おお、おめえか」


 「ええ私です。薬草を持ってきました」


 「お、そうか。見せてみな」


 腰掛袋から10本ほど草を取り出し机上に置く。おじさんが1本ずつ丹念に確認していく。


 お願い。お願い。


 「んー、あー……………………これは、残念だな」


 「え」


 期待外れの声が上がった。まさか全て雑草だったか。


 「1本しか薬草混じってねえぞ。しかもこいつはニガリ草って言ってな、買い取り価格10ペニーのしょんべん草だ。一応依頼は達成となるけどよ、これじゃあ今日のまんまも厳しいだろ」


 「あ、そうでしたか。やはり素人には難しいようですね」


 少々落ち込んだ声で受け入れる。現実はかくも厳しい。


 ただ依頼は達成できた。それが重要なんだ。端から薬草採集の報酬は期待していない。


 「まぁな。こればかりは新人だから仕方ねえけどよ。どれが薬草なのか最初から分かるはずもねえしな。他の奴らも数をこなして薬草の種類を覚えていってる。お前もその道を通るのが遠回りのようで近道だと思うがな」


 「ええ。ご進言ありがとうございます」


 「皆に言ってることだよ。ほれ10ペニーだ。受け取れ」


 銅貨を手渡される。そこはかとなく日本円に似ててホッとした。そのままポケットにしまい込み、再びおじさんの目を見つめる。ここからが今日の本命だ。


 「えー、すみません。依頼を受けたいのですが」


 「あ?終わったばっかだろ。もう受けんのか?しかも今からかよ」


 「ええ。駄目でしょうか」


 「いや、駄目ってことはねえんだが。で、どの依頼だ?」


 「こちらです」


 先程掲示板から剥ぎ取った依頼書を手渡す。


 「……あん?ゴブリン退治かよ。ふざけてんのか?」


 なぜかキレられた。どこに不手際があっただろうか。


 「なにがですか」


 「下級魔物だっつっても魔物は魔物なんだぞ。危険なことに変わりはねえ。お前みたいなヒョロヒョロが倒せるわけねえだろ」


 「はぁ」


 「それにな。お前は勘違いしてるかもしれねえが、魔物を倒すだけが冒険者じゃねえ。お前が引き受けた宿屋の手伝い、薬草の採集も立派な仕事だ。それにランクBやAにも非戦闘系の依頼はある。無理しなくても金は稼げるってことだよ。だからもう1度考え直してみな」


 「ええ、その、助言はありがたく思います。確かに非戦闘系の依頼でもお金を稼ぐことは出来ましょう。ですが人という生き物は己が身で体感しなければ納得できない厄介な存在です。まずは1度、1度でいいので依頼を受けさせていただけないでしょうか」


 中々の熱意で訴えかける。するとおじさんはやれやれといった仕草で首を横に振った。


 「ったくてめぇは…………どうなっても知らねえからな」


 「…………」


 おじさんのツンデレ気持ち悪い。


 「んじゃあ契約開始だ。言っとくが期限は30日で設定されてるからな。それを超えると契約不履行ってことで依頼失敗だ。気を付けろや」


 「はい、分かりました」


 返答した直後。腰掛袋を机上に置く。


 「あ?」


 「どうぞ。お納めください」


 「どういうつもりだ?」


 「いえ、特別な意図はありません。まずは御開帳ください」


 「はぁ」


 おっさんは訝しみながら腰掛袋を開けた。


 「…………は?お前、これ……どういうことだよ」


 「見ての通りとしか。はい」


 「マジかよ」


 ぶつぶつ言いながらも数え始める。


 「…………あー、うわ」


 じっと待つ。どきどき。


 「はー。ゴブリンの左耳、占めて72個。単価300ペニーだから買い取り価格は21600ペニーだ」


 「おお!」


 予想外の金額に驚きの声を上げる。2万を超えた。いつの間にか72体もの緑小人を撃滅させていたらしい。


 「しかし、どんな方法を使ったんだ?1日でこれだけのゴブリンを狩るなんぞランクFに出来る芸当じゃねえぞ」


 「ええ、それはですね…」


 「まぁいい。結果さえ伴えば文句は言わねえよ。ほら報酬だ」


 ゴブリンとの壮絶な死闘を朗々と語ろうとしたところにストップがかかった。話したかった。際限なく湧き出る彼らの対処で薬草採集どころではなかった。その数の多さに自慢のMPも枯渇しそうになった。恐ろしい物量作戦である。


 お金を受け取る。1日で2万。週休2日と換算すると月40万。この日給が続くなら日雇いも悪くない。


 「この調子でいけばランクEになるのも遠くねえな。無理せず頑張れよ」


 「ありがとうございます。本日のところは失礼いたします」


 「おう、お疲れ」


 腰掛袋を回収しおじさんに背を向ける。そのままギルドを出ようとするも何か様子がおかしい。


 入口がザワザワしている。人垣も出来上がっているようだ。なんだろうと視線を凝らす。直後、群衆が割れ2人の人物が出てきた。


 「おお」


 思わず感嘆の声が出る。


 一方は金髪碧眼の超絶イケメン。コーカソイドの到達点と言っても過言ではない容貌だ。それでいて騎士っぽい鎧に包まれた肉体はしっかり鍛えこまれているのも伺える。全身からは己に対する自信がにじみ出ている。しかしそれが嫌味に感じない。少なくとも外面は素晴らしい。


 俺が女性だったら120%一目ぼれしていた。彼女になりたい、結婚したいなど贅沢は言わない。セフレでいい。セフレがいい。弄ばれたい。超絶イケメンのセフレなんて最高のステータスだろう。


 一方のおれ。セフレをUMAと思っていた時期がある程の非モテだった。モテエピソードと言えば、合コンで何故か気に入られた40過ぎのシワシワお姉様にラブホテルの前まで強引に連れられたくらいだ。懐かしい。辛くもホテルは回避した。その後メル友になったのは良い思い出だ。


 イケメンの隣へ視線を移す。


 こちらも凄い。というかヤバい。超絶イケメンの少し前を歩く姿は彼と比べても何ら遜色ない。


 同じく金髪碧眼だ。イケメンと比べて髪を伸ばしている。ポニーテールもといハーフアップで整えているようだ。両頬に髪を垂らしている。美容室に置いてある髪型カタログで見たモデル女性にソックリだ。


 顔は凛々しい。可愛い系というよりは綺麗系だ。むしろ綺麗過ぎる。まるで作り物のようだ。フィクション顔と言っても過言ではない。


 彼女はイケメンよりも薄型の鎧を身につけていた。背丈は俺より少し低い。170センチ程度か。引き締まった肉体の線が服の上からもクッキリ表れている。容姿だけなら真・セレスと良い勝負だ。


 「あぁ、あいつら帰ってきたのか」


 受け付けオジサンがボソッとつぶやいた。振り返って尋ねる。


 「ご存じなのですか」


 「あぁ。このギルドであの2人を知らねえ奴は新人くらいだよ」


 頷く。あれだけ目立つ容姿をしているのだ。ただ、おじさんの言葉にはそれ以外の意味が含まれているように感じた。


 「と言いますと」


 「あいつらは上位ランカーってやつだ。女の方がSで男の方がAだ」


 「おお」


 SとAか。AはもちろんのことSに限っては世界的にも極少数だった気がする。さらにその上にSS、SSSがあったと記憶している。


 「それとな、あいつらは普通の冒険者じゃねえ。ボボン王国の騎士様なんだよ。今は騎士団を率いてダリヤ商業国へ実戦訓練に来てるだとか。ボボンよりダリヤの方が依頼の質はたけぇからな」


 「ボボン王国の騎士様でしたか」


 なるほどと頷く。見返してみれば騎士っぽい格好をしている。おじさんは団を率いていると言った。つまり男と女がそれぞれ団長、副団長を担っているのだろう。


 ボボン王国は確か、ダリヤ商業国の右に位置する国だったはずだ。ボボンの騎士団がこの地に存在する以上、ボボンとダリヤは友好関係にあることが伺える。


 「帰ってきたと口にしましたが、どこかへ行っていたのですか」

 

 「ああ。騎士団を率いて竜の山領へ調査にな。帰還したってことは、何らかの成果を持ってきたんだろ」


 またもや新しい地名が出た。ジークフリードから説明を受けた気もするが覚えていない。


 竜の山領。漢字は合っているはずだ。ドラゴンがいるのか。ふぁんたじーだ。


 金髪碧眼男と金髪碧眼女。見た目に違わぬエリートだった。日銭を稼ぐので精一杯の一般ピーポーとは無縁の存在だろう。


 「あ、おい。そんなことよりここを離れた方がいいぞ」


 「え?はい」


 素直に従う。なぜ?と聞きたかったがオジサンの口調から急いだ方が良いと判断。出入口へ向かう。


 しかし一足遅かったようだ。群衆を引き連れたイケメンと美女がこちらへ近づいてきた。


 目的は何だろう。俺か。そんなわけない。受付オジサンの忠告を思い出す。彼はここを離れろと言った。こことは受付だ。


 つまり騎士団の2人はギルドで最も人気が無い強面オジサンの受付で依頼報告をするつもりなのだろう。奇特な連中だと思った。その反面オジサンを選ぶのは信頼に値する。


 とにかく急いでこの場を離れようとする。が駄目。取り巻きの1人に文字通り弾け飛ばされてしまった。


 「おうふっ」


 受け身に失敗する。地面をゴロゴロと転がった。肩が痛い。


 助け起こしてくれる人はいなかった。誰も俺を見ていない。騎士団の2人が視線を一身に集めている。


 「………………」


 ゆっくりと立ち上がる。衣服に付いたホコリをパンパンと払い落とす。幸いにも肩以外に痛みはない。背後の喧騒を耳にしながら無言のまま出口へと向かう。


 なんだろう。


 急に寂しさが押し寄せてきた。セレスに会いたいな。ジト目でブラックジョーク言われたい。首都生活2日目で早くも孤独に押しつぶされそうだ。


 こういう時はどうすればいいんだろう。胸を貫く寂しさを埋める行為としてふさわしいものはなんだ。


 風俗か酒か。


 「……………」


 性病怖いから酒にしよう。

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