第62話 薬草採集

 気を取り直して掲示板右下にあるランクF群依頼書を確認する。


 

 表題:ゴブリン退治

 依頼内容:ゴブリンを5匹以上倒してください。

 依頼場所:マリス近郊の森

 依頼ランク:F

 報酬:ゴブリンの左耳1つにつき300ペニー


 表題:引っ越し手伝い

 依頼内容:引っ越しをします。お手伝いをしてくれる方募集です。

 依頼場所:契約後お伝えします。

 人数:1人

 依頼ランク:F

 報酬:6000ペニー


 表題:薬草の採集

 依頼内容:薬草の採集をお願いします。数、品種、品質は問いません。

 依頼場所:マリス近郊の森

 依頼ランク:F

 報酬:鑑定結果による


 表題:ペットの散歩

 依頼内容:うちのマダガスカルちゃんの散歩をお願いざます。

 依頼場所:カサブランカ家

 人数:1人

 依頼ランク:F

 報酬:7000ペニー


 

 他にも十数個の依頼がある。いずれもみみっちい。これが最下層Fランクのリアルなのだろう。報酬のほとんどがその日の宿代で消えてしまう。


 残念ながら規定によりFランクの依頼しか受注することができない。かといってパーティーを組む相手もいない。


 「これしかないか」


 討伐・採集系のFランク依頼で数を集める。質より量で勝負だ。だがビビりの池田がいきなり討伐系にチャレンジできるはずもない。採集系を選択する。


 薬草採集の依頼書を掲示板から外し、おじさん受付へ持っていく。


 「すみません。こちらをお願いします」


 「あ?あぁ、依頼か。おうよ」


 依頼書に目を通す。相変わらず厳つい顔だ。独身に違いない。


 「薬草の採集か」


 「ええ。受注出来ますよね」


 「出来るっちゃ出来るが。採集場所と薬草の見分け方は知ってんのか?」


 訝し気な視線を向けてくる。もちろん知らない。


 「ありがとうございます」


 「は?いやちょっ待てや。お前さ、確かに教えてやろうとは思ったけど先に感謝すんなよ。中間のやり取り省き過ぎだろ」


 おじさんはなにやらよく分からないことを零しつつ説明に入った。


 「薬草採集が可能な森だが、東門から出て道なりに行ったところにある。マリスからならここが一番近い。1時間も歩けば到着するだろ」


 東京だと遠いイメージだがこの世界だと1時間は近い。


 「見分け方だが図鑑を用いる。これを見れば一発だ。ただ貸し出しは行っていない。今見て覚えろ」


 「はぁ」


 足元から分厚い本を取り出し机の上に広げる。


 「ほれ。見ろ」


 「………………」


 指示通りにパラパラと本をめくる。大きな薬草の絵とその下に説明文が記載されている。


 うん。


 全部は覚えきれない。雰囲気だけ掴んでそれっぽいものを採集してこよう。


 パラパラ。パラパラ。


 おーけー。


 「はい、確認しました。ありがとうございます」


 「もういいのか」


 「ええ。行って参ります」


 「おう、気を付けろや」


 おじさんにお辞儀をして冒険者ギルドを発った。




 ★★★★



 

 マリス東門から出発しおよそ1時間。森へ到着。くだんの場所だと判断し早速突入する。


 「…………」


 鬱蒼とした森に群生するのは草、草、草。ドクダミやらヨモギやらシロツメクサに類似した草っ子が所狭しと生えている。この中のいずれかに薬草は存在するのだろうか。ううむ。


 「………あ」


 あっと気付いた。ここにきて気づいてしまった。採集した薬草を収納する容器がない。

 

 なんという失態だ。サッカー選手にとってのボール、医者にとっての聴診器、会社員にとっての名刺みたいなものだろう。仕事の相棒を忘れるなど有り得ない愚行である。


 辛うじて持ってきているのはコアランの鼻を収納していた腰掛袋だけだ。これでは大した量も入らない。どうする。マリスへ戻って袋を買うか。


 「………あ」


 あっと気付いた。ここにきて気づいてしまった。


 お金がない。つまり収納袋を買う余裕などない。何という失態だ。宿屋で働いている場合ではなかった。どうする。


 「………」


 どうしようもない。大学受験で消しゴムを忘れた時並みに度し難い。自分の持てる全ての力を指先に集中させてマークシートを塗りつぶしていくしかなかった。あの時は。


 このままだと腰掛袋で妥協するしかない。レア薬草でも採集しない限り、全て売却したところで一泊の宿代さえ稼げないだろう。難儀な問題だ。どうする。どうする。

 

 「………………」


 「グギャ!」


 暗い思考に陥っていたところ、背中側から斬新な声のかけ方をする者が現れた。恐る恐る背後を振り返る。


 「……うわぁ」


 緑色の小人が醜悪な面をぶら下げていた。


 ゴブリン。ふぁんたじー物ほぼ全てに出演している名脇役。定食についてくる漬物的存在。圧倒的雑魚キャラ。


 しかも3匹。ゴブリン三兄弟が現れた。


 左側のゴブ1は剣と盾を装備した前衛タイプ。弟たちは俺が守ってやるぜ的な長兄ポジだろう。


 真ん中のゴブ2は弓を持った後衛タイプ。お兄ちゃんの援護は俺に任せろ的な次兄ポジか。


 右側のゴブ3は両手にナックルをつけた前衛タイプ。少々やんちゃ感を出してる我儘末っ子ポジ。


 バランスの取れた陣営だ。1mと少しの身長と醜悪な顔で油断すると足をすくわれるだろう。


 「グギャ!」「ゴギャゴギャ!」「グゲ?」


 ゴブリン共は顔を合わせて会議を催している。俺の扱いをどうするか、もしくは俺をどう殺すか相談しているのだろう。池田との距離は15~20mほど。


 この状況で真っ先に逃亡を図るあたり、小心者の血は抑えられない。そろりそろりと。少しでも早くこの場から遠ざかるよう後ろ向きで歩き出す。


 そろり。


 そろり。


 ぱきっ。


 「あ」


 「グ?グギャー!!」


 木を踏みつける音で気付かれた。


 どうしよう、と考える間もなく長兄ゴブリンと末っ子ゴブリンがダッシュで向かってきた。その背後では次兄ゴブリンが弓に矢をつがえる様子が見える。すごい形相だ。生理的嫌悪しか感じない。


 「まじか」


 ここに至っては致し方ない。腹をくくる。全力で対応する。

 

 気分は総会屋対策として矢面に立たされた総務歴12年の中堅といったところだ。退けばクビ、進めば恫喝。クビになるのは嫌だ。多少の危険を冒してでも前に進むしかあるまい。我々は総会屋に屈しない。こちらにも家庭があるのだから。


 「ふぅ!」


 おもむろに腕を一閃する。すると目の前に幾何学模様の魔方陣が浮かぶ。数瞬後には10個に満たない氷粒が空中から放たれた。それらは真っ直ぐにゴブリン共へ襲来する。

 

 「ゴギャ!?」「グギョ!!」「ゲカッ!?」


 胸やら頭やらに穴を開ける。間違いない。絶命コースだ。


 ゴブリン3兄弟は後ろ向きに倒れたかと思うと、ピクピクと痙攣した後、動かなくなった。


 「………………」


 死んだふりを考慮してそのまま1分ほど待つ。


 「…………」


 大丈夫そうだ。


 横並びで絶命している長兄ゴブリンと末っ子ゴブリンに近づく。火サスで見る被害者のように目がカッ!と見開かれている。怖い。嫌な死に方だ。


 次兄ゴブリンの様子も見に行く。


 「…………」


 どうやらきっちり死んでいるようだ。


 「ふぅ」


 安心を覚える。意外とナントカなるものだ。センター試験も消しゴム無しで突破できた。大事なのは一瞬の集中力と切り替えの早さだった。答えは既に出ていたようだ。


 「さて」


 突発的なイベントだったが、結果的にゴブリンを葬り去ることが出来た。となれば亡骸になったゴブリン共をこのままスルーするのは勿体ない。左耳を集めて冒険者ギルドに持っていこう。小遣い稼ぎになるはずだ。


 ナイフやら包丁やらの刃物類は持ち合わせていない。やむを得ず長兄ゴブリンが装備していた剣を拝借して左耳を斬る。


 ぶちぶちぶち。


 「うわ」


 人間の耳を引き千切っている感触だ。全身に鳥肌が立つ。大丈夫大丈夫。こいつは魔物。自分に言い聞かせる。


 ぶちぶちぶち。


 ぶちぶちぶち。


 「グギャ!?」


 「え?」


 もはや聞き慣れた声が耳に届く。まさか生き返った?とも一瞬思ったがそんなはずはない。全員目がカッ!と開いていたのだ。カッ!っと。


 もしやもしやと背後を振り返る。


 「グギャ!」


 そこにはゴブリン4兄弟がいた。完全に新手である。


 「えぇ……」


 呆れた眼差しを向けてしまう。なんだ。なぜだ。なぜこうもゴブリンに遭遇する。近くにゴブリンの住処があるのだろうか。もしくは彼らが好むフェロモンが人間から出ている可能性もある。


 「グギャーー!!」「ゴギャ!ゴギャァァ!」「グゲゲゲ!!」「グガン!グガング!」


 大変怒ってらっしゃる。同胞を殺されたうえに耳をちょん切っている現場を目撃したのだ。当然の反応だろう。

 

 「あー」


 俺何しに来たんだっけ。

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