第61話 異世界文字

 翌日。


 依頼報酬として与えられた部屋で一晩過ごした後、朝食をいただく。


 朝食の会場は1階の受付を右に曲がった大部屋だった。他の宿泊客がパンやスープをお腹に詰め込んでいる。冒険者と思しき恰好が多い。俺と同じく特定の住居を持たない人たちだろう。


 さすがに朝食までもステラファミリーと一緒ではなかった。少し寂しい。


 お腹を膨らませた後、正面受付へと向かう。ステラの立つ姿が見えた。


 「おはようございます」


 「あ、イケダさん!おはよう!」


 ぺこり。俺もぺこりする。きっちり名前を憶えてくれていた。嬉しい。


 「仕事に行ってきます。カギは預けなくていいんですよね?」


 「うん、無くさないようにね。あ、それと今日から宿泊料金が発生するけど、コリス亭は前払い制になってるから。戻ってきたときに今日の分払ってね」


 「了解です。では後程」


 「うん。気を付けて……ってちょっと待って!待っててね!」


 と言い受付を離れリビングダイニングへと続く扉へ吸い込まれた。


 「…………」


 待つこと1分。バタンと大きな音を立てて扉の向こうから現れる。右手には何かを持っていた。


 「お待たせしましたー。はい、これ」


 右手のぶつを差し出してくる。


 「これは?」


 「依頼完了証だよ。これをギルドの受付に提出しなきゃ依頼が終わったことにならないの。知ってるでしょ?」


 「あぁ、はい」


 曖昧に返事する。確かに口伝のみの報告では信憑性に欠けるか。


 依頼完了証を受け取る。その時に一瞬だけ手と手が触れ合った。柔らかい。


 相変わらずステラとはボディコンタクトが多い。ワザとやっているのだろうか。だとしたら感謝せざる得ない。若い女性の肌を無料で触れるなんて最高だ。


 「書き漏れとかないよね?」


 「ええと」


 完了証に目を落とす。しかし読めない。意味不明な文字の羅列が左から右へ流れていく。


 拙いな。文字が読めないことで日常生活に支障をきたしている。隙間時間に勉強するほか無いだろうか。物覚えは悪くないはずだ。少しずつでも覚えていこう。


 「たぶん大丈夫です」

 

 「はーい。あ、髪にゴミがついてるよ。ちょちょいと……うん、格好良くなった。じゃあ行ってらっしゃい!」


 「ええ、行ってきます」


 ステラに手を振り返した後、玄関のドアを上げる。


 「………」


 カッコイイ。初めて言われたな。どうやらポンドライスフィールドに新しい風が吹き込んできたようだ。


 恋が始まる予感しかない。 




 ★★★★




 ギルドに足を踏み入れる。


 未だにこの雰囲気は慣れない。市役所へ印鑑証明に来た心地だ。清潔感があり過ぎる。もっとふぁんたじーしてほしい。


 受付に並ぶ列の進み具合を確認する。例の厳ついおじさんだけ異様に回転が速い。というよりもあまり並んでない。


 接して分かる。悪い人ではない。むしろ洒落が通じて話しやすい。どの世界でも顔で損するニンゲンは存在するのだろう。唯一モンゴロイドの池田も他人事ではない。


 おじさんの列へ並ぶ。ものの数分で俺の順番となった。


 「はい。つぎー」


 「おはようございます。こちらをお願いします」


 机の上に依頼完了証を置く。

 

 「おお。昨日の奴か。お疲れさん。報酬は受け取ったな?」


 「ええ」


 「じゃあこれで契約終了だ」


 「はい。ありがとうございました。失礼します」


 頭を下げて受付から去る。まずは最初の依頼達成だ。よーしよし。少し気分がいい。


 このテンションを持続させたまま次の依頼へ向かうこととする。スススと掲示板のもとへ駆け寄り掲示物に目を通す。


 「……………うん」


 読めない。駄目だ。識字の低さが人生に支障をきたしすぎている。悠長なことを言っていられない。今日から文字の勉強をしよう。


 どなたか親切な人が教えてくれないだろうか。こんなことならジークフリードに教わっておくのだった。奴の事だ、どうせニンゲンの文字を読み書きできるに違いない。


 「……………ん?」


 いや待てよと。


 もしかしてと思いスキルウィンドウを確認する。



【スキル】

 ステータス:4

 回復魔法:10

 MP吸収:54

 氷魔法:45


 スキルポイント:1



 「そうだ」 


 そうだった。俺には神様からのギフトがあったんだ。スキルで識字問題を解消できるかもしれない。


 誂え向きに1ポイント貯まっている。元魔王と遭遇した翌日にコアランを虐殺した成果だろう。


 このポイントで言語魔法的なものを習得する。いこう。失敗は許されない。大胆な発想かつ緻密な構想を練る。


 言語。言語。


 読みたい読みたい読みたい読みたい読みたい。


 うぬぬぬぬ。



 数十秒祈ったのち。

 

 ピコン。




【スキル】

 ステータス:4

 回復魔法:10

 MP吸収:54

 氷魔法:45

 解読魔法:1


 スキルポイント:0



 「……………うーん」


 何やらオーダーと異なるアンサーが返ってきた。当たりか外れか分からない。確認してみよう。


 ゆっくりと視線を上げ、掲示板を見る。


 「えー……と」


 

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 表題:魔人退治 

 依頼内容:魔人の退治をお願いします。外見は女性型でありますが成人女性2人分の背丈があり、肌色は紫、髪は黒色、頭に2本の角が生えています。漆黒のドレスを身に纏っています。すごく強いです。

 依頼場所:神出鬼没です。誰かを探しているようです。

 依頼ランク:S

 報酬:3億ペニー

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 「おお!」


 読めた。読めたぞよ。


 素晴らしきかな解読魔法。気分はさながら遺跡の古代文字を現代語訳した考古学者だ。達成感はない。それでも嬉しさはひとしおだ。


 これで首都マリスでの生活もグッと楽になるだろう。


 「……………いや、それはいいんだけど」


 数ある掲示物の中から目についた依頼書を読んでみた結果がこれだ。恐らく奴の事だろう。偶然では片づけられない何かを感じる。誰を探しているのだろう。俺ならまだしもセレスだったら絶望だ。


 「はぁ」


 読めない方が良かったかもしれない。

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