第60話 コリス母娘

 ドタドタと足音が近付いてきた。とうとう審判の下る時間が訪れてしまった。少々の緊張を覚えつつその時を待つ。


 バタンと扉が開くと共に溌溂とした声が裏庭に響き渡った。


 「そろそろ終わったかな~~~あ?」


 「お疲れ様です」


 「お疲れじゃなくて。え、いや、えぇ、これって……」


 そこには4等分と言わず8等分、12等分以上された無残な薪の姿が散らばっていた。もうボロカス、ボロッボロ。薪割り下手くそ選手権ベスト8の代物だ。


 用途次第では使いものにならないだろう。温泉にくべる薪ならギリセーフか。


 なんだかんだ50玉を割るというノルマは達成した。その成果が50×4=200ではなく、50×(4~15)=500程度となってしまったのは謝罪するほかない。


 とりあえず謝ろう。きっちり45度の角度をキープする。


 「申し訳ありません」


 「いや、あー、うん。こっちこそごめんかも。ロクにやり方説明しないで行ったもんね。お父さんが当たり前みたいに薪割りしてたから、男の人なら皆出来るんだと思ってた」


 「いえ、その、原因は私にあります。分からなければ聞くのが筋ですし、出来ないなら他の仕事を振って頂くべきだったと思います。ごめんなさい」


 誠心誠意頭を下げる。仕事ができない上に態度まで横柄だったらヒトとして終わりだ。


 「まぁでも、細かく砕いた分には大丈夫かな。燃えちゃえばみんな同じだし」


 「燃えちゃえば……これらの木は何に使用するのでしょうか」


 すかさず問う。するとステラは満開の笑みを浮かべながら口を開いた。可愛い。


 「温泉だよ!うちの宿はそれが売りだからね!」


 「おお」


 素晴らしい。やはりそうか。日本時代ぶりの湯船だ。ワクワクが止まらない。


 バイト風情も温泉の恩恵に預かれるのだろうか。確認しよう。


 「あの」


 「ん?あぁ、もちろんイケダさんも入っていいよ!でも今日は従業員って位置付けだから、お客さんたちの入浴後になっちゃうけどね」


 わーいわーい。


 「ありがとうございます。ありがとうございます。ただその、温泉に見合った労働を提供出来ずにすみません」


 「だーかーらー!それはもういいって。とりあえず散らばった薪を1か所にまとめて。それが終わったら中に入ってきてね。まーだ仕事はあるんだから」

 

 「はい。分かりました。すぐに向かいます」


 そう言うとステラは去っていった。スキップしているあたり怒ってはいないようだ。言葉で許されたとて態度に表われる人は一定数いる。とりあえずの一安心だ。今回は良い上司に恵まれた。


 これ以上失望されないように頑張ろう。


 


 ★★★★



 

 終わった。首都マリス初日が終わりを告げた。


 薪割り失敗後も床の水拭きやベッドメイキング、給仕等の仕事を依頼された。それらは無難にこなし、こうして一息つくまで至っている。ステラと母上の評価も取り戻したはずだ。


 その証拠に母子の夕飯に混ぜてもらった。魚のムニエルを主菜にサラダ、汁物、麦っぽいご飯と、決して豪華とは言えないがこれぞお袋の味と言える料理が目の前に並んでいる。


 「それでね、この子は1度寝ちゃったらちょっとの事じゃ起きないものだから。もう毎朝起こすだけで大変で」


 「もうお母さん!そういう話いらないから」


 食卓の会話も賑わっている。一番盛り上がるのは身内の恥トークらしい。適当な相槌を打ちながらムニエルを口に入れる。美味しい。


 「イケダさんは明日何するの?」


 ステラが露骨に話題を変えた。自分の恥話は嫌みたいだ。


 「そうですね。この都市に来たばかりなので、まずは難易度が低そうな依頼をこなしていこうかなと思います。1週間くらいはそんな感じですかね」


 「ふーん。冒険者……には見えないけど、たぶんそうなんだよね。だったらそろそろホワイトロード観光ツアーの時期だけど、泊まる場所は確保してる?」


 ホワイトロードといえば首都マリスへ旅してきたときに歩いた道だ。白い鉱石が敷き詰められていて、夜には発光すると聞いた覚えがある。


 「いえ。その観光ツアーと宿泊場所に何か関係があるのですか」


 「もちろん!ろうなくにゃ、ろうにゅあ、えーと、老若男女?に大人気のツアーだから、当日はどこの宿も満室になっちゃうんだよ。だから今のうちに泊まる場所だけは確保した方がいいよ!」


 「そうなのですね」


 良い情報を聞いた。ステラの言葉が無ければ当日は野宿するところだった。それも吝かではないが。


 ステラ、母上、そして目下の料理へ視線を移す。温泉もあれば不満は何一つない。空き室はあるだろうか。


 「ちなみにこの宿は……」


 「へへへ。それが何と、一部屋だけ空いています!良かったねイケダさん」


 パッと開いて咲いた花のような笑顔だ。眩しすぎて思わず目を逸らす。推定10代の女の子が放つ輝きはダイヤモンド以上の価値がある。


 「……………」


 そういえばセレスも出会った当初は10代だった。輝きは皆無だった。しかし後にえげつないレベルへ開花した。ああいう子のために大器晩成という言葉があるのだろう。


「本当は二部屋でしょう。一部屋はあなたが予約しているし」


「まぁまぁ。その話はいいじゃん。それでイケダさん、どうする?予約しとく?うちの宿は温泉付きだからね。それを考えたら宿賃は安い方だと思うよ」


 グイグイ迫ってくる。右腕まで絡めてくる始末だ。昨今のキャバクラでもここまでやってくれないのに。素晴らしいサービス精神である。


 若干のドキマキを覚えつつも冷静な部分で考える。ステラの狙いは何だろうか。宿屋の売上貢献は有り得ない。どの宿も予約で埋まるならコリス亭も例外ではないからだ。つまり宿泊客が俺でなければならない理由がある。


 考えられる理由は1つ。有事の際に助けを求めるためだ。父上が万全でない以上、男手が必要な場面で困る可能性がある。その際にバイト経験のある俺がいれば何かと頼みやすいと思ったのだろう。


 そこまで分かれば断る理由はない。俺は新参者だ。出会いは大切にしていこう。


 「でしたら予約お願いできますか。とりあえず明日から観光ツアーが終わる日まででお願いします。ただ手持ちに不安があるので、宿賃は日払いにしたいのですが」


 「うん。大丈夫だよ!それじゃあ今日と同じ2階の一番奥の部屋で予約しておくね。お母さんもそれでいいよね?」


 「ほんとう、いつもあなたは強引なんだから。ごめんなさいねイケダさん」


 母上がアゴに手を当てて困り顔で会釈してきた。ステラには申し訳ないが、彼女のスキンシップより母上のアンニュイフェイスの方が破壊力はある。なぜこうも人妻は色っぽい雰囲気を備えているのだろう。腰痛の父上が羨ましい。


 「あ、お部屋の鍵はご飯食べ終わったら渡すね。連泊になるから持ち歩いてていいよ。ただ失くしたら弁償になるから、不安だったら外出するときに私かお母さんに預けてね」


 「了解です」


 こうして当分の間、コリス亭でお世話になることとなった。

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