第59話 宿屋コリス

 スタスタと。首都マリスの大通りを歩く。


 冒険者ギルド受付のおじさんに依頼書を渡し、依頼主である宿屋の場所を伺ったのち、指定の場所へ向かっている。


 東地区の外れにあるらしい。西地区中央付近を所在地とするギルドを発ち中央噴水広場を真っ直ぐ横切る。


 相変わらず街並みは古都ヨーロピアンだ。イタリア旅行へ訪れた気分にさせてくれる。イッタリアーナ。アモーレ、マンジャーレ、カンターレの生活を送りたいものだ。そのためにもまずお金を稼がなければならない。


 東地区へと足を踏み入れる。相変わらずの人混みだが、西地区に比べると獣人族の比率が高いように感じる。多種多様な種族が混在する首都と言えど住み分けはされているのかもしれない。


 獣人か。サブカルチャーに揉まれて育った日本人なら興味を抱くのが普通だ。しかしケモナーではないので彼らを見て目を輝かせることもない。むしろ虎っぽい奴やゴリラっぽい奴に対して恐怖を覚える。興味よりも小心者が勝ってしまう。


 視線をキョロキョロしている間に目的地へ到着する。


 「ここか」


 旅人の宿コリス。外観は北海道のペンション風だ。自然落雪を促す勾配のついた屋根が雪国を彷彿とさせる。最近は四角い形状の無落雪屋根が流行っているらしい。どうでもいい。


 外から見る限り10人も泊まれば満室といったところだ。個人経営なら十分な収容数だ。


 玄関扉を開ける。カランコロンと来客を伝える鐘の音が聞こえた。


 まず正面に現れたのはホテルやモーテルで見掛ける受付スペースだった。今は無人のようだ。


 「すみませーん」


 声を張って呼びかける。


 「は~い!ちょっと待っててくださいね」


 無人受付の奥に設置されている扉から女性の声が聞こえた。声質からして10代中盤から20代前半だろうか。


 「はいは~い。いらっしゃいませ宿屋コリスへ!おひとり様でしょうか?」


 声を発しながら受付の奥から躍り出てきたのはエプロン姿の女性だった。


 「……………」


 可愛い。ハッとするタイプの美人さんではないが、十分に素晴らしい容姿だ。秋葉原のアイドルグループにいそうである。髪はうなじにかかるくらいの茶髪ショート。目はクリッとしており泣きぼくろが特徴的だ。髪型と泣きぼくろが相まって、ときめきをメモリアルするヒロインを思い出した。2の方。


 「えーと、客ではありません。その、ギルドの依頼で参上した次第です」


 「ギルド?……あ、あー!お手伝いの!うそ、来てくれたんですか!?絶対誰も来ないと思ってたのに」

 

 「ははは」


 確かに微々たる報酬かもしれない。右も左も分からない新米冒険者にとっては十分だった。


 「あ、そうだ。まずは自己紹介しますね。私はステラ・コリス。この宿の1人娘です。宿はお父さんとお母さんと3人で切り盛りしてるんだけど、昨日お父さんが腰痛で倒れちゃって。急遽冒険者ギルドにお手伝いの依頼を出したの」


 「そうだったのですね。お父上の御加減は?」


 「教会の人が絶対安静だって。明日から徐々に働いてもいいって言ってたから、とりあえず今日だけヘルプお願いします!」


 「はい。承りました」


 胸の中でそよ風が吹く。久しぶりにまともな女性と話した気がする。


 「それでお兄さん、名前はなんていうの?」


 「イケダです。よろしくお願いします」


 「イケダ?あんまり聞かない名前だね。まぁいいや、よろしくね!」


 「ええ、はい」


 素晴らしい。誰かに見て欲しい。高校生年代の女の子と普通に話している。日本の社会人時代ではほぼ起こり得ないイベントだ。

 

 「じゃあ早速お手伝いしてくれる?」


 「はい。何をしましょうか」


 「そうだねぇ……まずは薪割りでもしてもらおうかな。ちょっとついてきて」


 「はい」


 ステラに従い受付の奥へ向かう。薪割りか。力仕事だな。


 薪の用途は何だろうか。温泉だろうか。そうだったら嬉しい。久しぶりの湯船だ。


 「………………」


 さり気なく自身を匂ってみる。クンクン。どうだろう。多少の汗臭さはあるが我慢できないことも無い。あくまで自己判定だ。


 受付の奥はリビングダイニングの様相を呈していた。かなりの大きさを誇る。恐らくここで顧客に提供する食事を調理しているのだろう。


 「ん?あら、お客さん?」


 ステラとは別の声だ。視線を移すと、そこには彼女と瓜二つの女性が立っていた。泣き黒子の位置まで一緒だ。落ち着いた雰囲気と外見から察するにステラの母上だろうか。


 「ううん。ギルドからお手伝いに来てくれた人だよ。ほら、依頼出してたでしょ」


 「あ~。あの報酬で来てくれる人がいたんですね~」


 「ちょっとお母さん!失礼だよ」


 「いえ、お気になさらず。冒険初心者でして、日銭を稼ぐのが精いっぱいなので。こちらとしては有り難い限りです」


 「あらそうなの。でしたらお手伝いよろしく頼むわね。その代わり、夕飯は腕によりをかけるから」


 「はい。よろしくお願いします」


 ペコリ。お辞儀をする。


 「じゃ、こっちついてきて」


 「はい」


 リビングダイニングを抜け、奥まったところにある扉から外に出る。裏口というやつだ。


 外は6畳ほどの広さがあった。目の前には丸型の大きな土台が置かれ傍には斧が転がっている。視線をズラすと大中小の丸太が乱雑に積まれていた。


 「そこの丸太を斧で割ってね。50玉を4等分にしてくれたら充分かな。何か困った時は2階にいるから呼んでね。じゃ、お願いしまーす」


 「あ、ちょ」


 止める間もなく室内へ戻っていった。


 「…………………」


 ぼんやり丸太を見つめる。


 もちろん典型的インドアスタイルの池田に薪割りの経験は皆無だ。よって実演を伴った見本を披露して欲しかった。仕方がない。


 こうなればどこかで聞いたような見たような知識で乗り切るしかあるまい。デジタルネイティブ世代の実力を見せてやる。


 まずは丸太群から手ごろな大きさの丸太を選び土台に置く。次に斧を持ち、少々の素振りを繰り出す。ぶぉおん。ぶぉん。


 「おも」


 社内勤務で衰えた筋肉が早くも悲鳴を上げる。落ち着こう。振る必要はない。高い場所から降ろすだけで効果は発揮されるはずだ。

 

 いこう。丸太に対し正眼の構えを取る。


 「……………」


 ゆっくりと振りかぶる。大事なのは割れ目を狙う事と力を入れすぎないこと。斧の重さで叩き割る。


 「きぇぇぇぇぇえええ!!」


 ぶぉおん。がすっ。


 …………


 「ふぅ」


 まぁね。

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