第58話 ギルドカード

 「ほら出来たぞ。これがお前のギルドカードだ」


 机の上にポンッと置かれる。ちょうどスマホ程の大きさだ。文字が記載されている。もちろん読めない。


 こんな短時間で作り上げるとは驚きだ。お役所仕事と馬鹿に出来ない。魔道具か何かで生成したのだろうか。


 「ありがとうございます」


 「注意事項あるが、聞くか?」


 「お願いします」


 「このカードはお前の信用を表す目安となる。所持しているだけで都市や街の通行許可証代わりとなるうえに、ランクの上昇に従い様々な特権を手にすることが出来る。例を出すならば、冒険者ギルトと提携している宿の賃料がランクCで1割引き、Bで3割引き、Aで5割引きとなる。この他にも多くの特権があり、どの冒険者もまずはランクを上げる作業に重きを置く」


 いよいよファンタジーっぽくなってきた。ワクワクだ。


 「ただし、権利のみ行使し義務を怠ることは許されない。具体的には1年間のうち1度もギルドの依頼を達成しなかった場合は、ギルドカード没収となる。再発行するには3年の月日を開ける必要があり、また審査試験に合格しなければならない。普通に冒険者で食っていくつもりならそんなに気にする必要もないだろうが」


 ただ乗りはご法度らしい。

 

 「あとはそうだなぁ。依頼から達成までの流れか。依頼はお前から見て右手にある掲示板の中から選ぶことが出来る。依頼書には推奨ランクが記載されていて、基本的にはその記載ランクに従うこととなる。ただし自身の2段階下までは受注可能となっている。もしお前がランクCだとしたら、C、D,Eの依頼を受けることが出来るってことだ。それとパーティーで依頼を受ける場合はリーダーの冒険者ランクに依存するから気を付けろ」


 「ええ、はい」


 1度で全て覚えきれるか不安だ。


 「お前はついさっきギルドカードを作ったわけだから、ランクFからのスタートとなる。ランクF依頼用紙を受付へ持ってきて契約が発生するというわけだ。あとは、あー、依頼を5回連続で失敗したら冒険者ランクが1段階下がるから気を付けろ。身の丈に合った依頼を受けろってことだ」


 「分かりました」


 とりあえず頷いておく。


「で、依頼を達成したら証拠品をギルドに持ってくる。それに間違いがなければ依頼達成だ。受けた依頼に見合った報酬が支払われる。さっきお前が持ってきたように、素材の買い取りも行っている。素材の値打ちについてはギルドから貸し出している『素材大全集』を確認するのが早いな。とは言ってもお前は字が読めねえから、勉強するか代読してもらう必要はあるけどな。そんくらいか」


 終わったらしい。お豚さんに引けを取らぬ長話だった。右も左も分からぬ新人冒険者としてはチュートリアルっぽくてとても有難い。


 「懇切丁寧に説明いただきありがとうございます」


 「これも仕事だしな」


 そう言い切れることが凄いことだと思う。


 「これで一通り説明は終わったが、お前の方から何か聞きてえことはあるか?」


 「えー、そうですね」


 何も思いつかない。


 「今はありません。後程、不明な点あれば確認させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」


 「あいよ」


 「ありがとうございます。では失礼いたします」


 「おう」


 一礼した後、受付から離れる。かなりの時間おじさんと話していた。そのせいかイライラしているのだろう、後ろに並んでいた顔中傷だらけの男が舌打ちしてきた。怖い。すぐに立ち去る。


 早速掲示板のもとへ赴く。


 「……………」


 この地で為すべきことは数多ある。しかし最も優先すべきは本日の糧だ。食料と寝床の確保。そのためにもペニーを稼がなければならない。依頼書を左上から順に流し見していく。


 たくさんあるなぁ。


 ……………………


 ……………


 ……


 「読めないか」


 凡ミスだ。どうしよう。受付のおじさんに読んでもらうか。


 おじさんをチラ見する。顔中傷だらけのマッチョ野郎と何やら言い争っていた。怖い。大男同士の口喧嘩は怖すぎる。あの間に割って入るなど到底不可能だ


 冒険者ギルド唯一にして僅かな希望は簡単に打ち砕かれた。なけなしの勇気を振り絞って強面男か筋肉女に話しかける他ない。


 少々の緊張を覚えながら、比較的話しかけやすそうなヒトを探すためキョロキョロする。


 「おい、読めないのか」


 隣から声をかけられる。視線を移す。屈強そうな男が腕を組み掲示板を睨んでいた。日本男児の平均よりちょっと高い俺が見上げる身長。率直に言って恐怖しか感じない。


 「えーと」


 「読めないのかと聞いている」


 怖い。


 「ええ、はい。恥ずかしながら」


 「読んでやろうか」


 見た目に似合わず親切な方だった。


 強面をチラ見する。素直に受け取っていいのだろうか。無心で相手の善意を信じるほど優しい世界で育っていない。裏がある。そう考えておくことが生き残る秘訣だと思っている。ぼったくりバーに3回引っかかった経験は無駄じゃなかった。


 そうは言いつつも背に腹は代えられない。ここは騙される覚悟で相手の提案を受け入れることとする。


 「ではお言葉に甘えてよろしいでしょうか」


 「ああ。ランクは?」


 「Fです」


 「だったら一番右下に並んでいる20枚がそうだな」


 右下の依頼書に視線を移す。が、駄目。読めない。


 「どんな依頼を探しているんだ?」


 「そうですね………本日中に完遂できそうで、かつ1日分の宿代と食費を稼げそうなものがあれば幸いです」


 「宿代と食費は何とかなりそうだが、今日中ってなると……………お、これなんかいいな」


 わくわくとドキドキが混在だ。


 「読むぞ。表題:宿屋のお手伝い。依頼内容:人手が足りないので宿屋のお手伝いをお願いします。力仕事結構あります。依頼ランク:F。報酬:当店の一泊二日無料宿泊(夕食・朝食つき)。だそうだ」


 「おお」


 今の俺に最適なクエストだ。依頼と言えば採集系か討伐系しかないと勝手に思い込んでいたが、雑用系の仕事もあるみたいだ。即決だな。


 「ありがとうございます。それにしようと思います」


 「他にも条件に該当する依頼がある。読まなくていいのか?」


 「ええ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 「そうか。今読んだ依頼はFランク群の右から2番目に掲示されているから。じゃ、頑張れよ」


 「ご親切にどうもありがとうございました」


 「おう」


 と言って立ち去るイケメン。陰のある系強面イケメン。


 ただの親切な御人だった。俺のお尻を狙ってるんじゃ…などと一瞬でも思ってしまった過去を消し去りたい。


 掲示板から依頼書を取り外す。受付おじさんへ渡しに行こう。

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