Fランク冒険者
第57話 冒険者ギルド
首都マリス。
全長100m程の石橋を渡り、馬鹿でかい門を通った先には、荘厳な外観からは想像できないほどの豊かさが広がっていた。
入り口では早くも商店街が形成されている。木組みから石造りまで様々な家屋が立ち並んでいた。それに見合った人口密度も確認できる。
水の都というだけあって都市の中には水路が走っていた。至るところに船形状の乗り物が停留している。イッタリアーナのヴェネツィアを彷彿とさせる街並みだ。文明レベルは中世ヨーロッパと同等かそれ以上を感じさせる。
「…………」
素晴らしい景色だ。しかし残念ながら高揚感はなく、不安ばかりが押し寄せてくる。
遂に俺も1人になった。セレスはもちろんお豚さんとまで別れてしまった。優しさに包まれた生活は唐突に終わりを告げられた。
不安が止まらない。OJT教育1週間程度で現場に放り出される境地である。右も左も分からぬ都市で1人ぼっち。これから俺は生きていけるのだろうか。
「………………はぁ」
嘆いていても仕方がない。行動しよう。まずはギルドカードを発行するために冒険者ギルドへ向かう。
★★★★
道行く人の中で比較的優しそうな男性に声をかけ、冒険者ギルドの場所を確認した。どうやらこの先の大通りを進んでいけば一目で分かるとのことだった。
スタスタ道なりに歩いて行く。これまた見事なザ・大通りが視界いっぱいに広がった。景色は獣人国首都ビーストに近しいものがある。文明はこちらの方が1世紀程度進んでいる。遥か遠くに噴水らしきものが設置されてあり、そこを中心として十字路に道が続いていた。
完全には把握できていないが大都市なのは間違いない。端から端まで歩くだけで数時間は要するだろう。
これ程広大な面積を誇っているからには、都市内部を移動する交通手段があっても不思議じゃない。そう思って周囲をキョロキョロするとあった。馬車形状の乗り物数台、加えて水路を走る渡し舟を発見する。どうやらこの2つが主な移動手段のようだ。使用してみたい気持ちに駆られたが、新天地序盤で無駄遣いするわけにもいかない。周囲に目を配りながら黙々と歩き出す。
大通りを行き交う人種は様々だった。見渡す限りでは人間族、獣人族、エルフ、謎生物が確認できる。比率で表すと5:3:1:1だろうか。
薄々予感はあったが、人間族は須らく外国人顔だった。コーカソイド、ネグロイドは散見されるが、モンゴロイドは皆無だ。アジアンテイストは俺くらいだ。獣人族や魔族に紛れているため目立っていない。もしこれが人間族しかいない都市なら指を差されたに違いない。
引き続き黙々と歩く。景色が新鮮なので飽きは来ない。
ようやく噴水の手前に到着した。すると右手に不自然なほど入退場が激しい建物を発見する。武装している者や魔法使いの恰好をした者が出入りしていた。確かに一目瞭然だった。
建物の目前へ移動する。
外観は洋館チックであり両端が出っ張っているコの字型だった。大きさは家族3人都心一戸建て三棟分といったところだ。大きい。さすがは本店だ。見上げると屋根の部分に看板らしきものがあり、何か書かれている。
「………………」
読めない。ひとまず捨て置き視線を下げる。
入口は両開きの扉が限界まで開かれていた。冒険者をウェルカムしている。
「…………」
行くか。
程よい緊張感がある。店内が見えない個人経営の居酒屋に入る心地である。
追い出されないことを祈りつつ恐る恐る突入した。
★★★★
室内へ足を踏み入れる。
冒険小説よろしく場末のスナック的な空間を想像していた。しかし予想よりはるかに室内は明るく、市役所のような清潔感があった。一方で建物内を占める半数以上は薄汚れた身なりをしている。ほぼ上半身裸の山賊スタイルがいればビキニアーマー着用の女剣士も存在する。利用者と建物が絶妙にミスマッチしていた。
正面にはこれも市役所を彷彿とさせる受付窓口が4つ用意されていた。それぞれに列が形成されている。まずはこれに並んでみよう。
4つのうち3つは長蛇の列をなしていた。人気ラーメン店に引けを取らない。恐らくは1時間以上待つこととなるだろう。待つのは嫌いだ。
1つだけ異常に空いていた。多少の怪しさを感じつつ一番端の列へ並ぶこととする。待つこと数分。俺の順番となる。
「はい。つぎ」
窓口へ向かう。受付で待ち構えていたのはツルッパケの厳つい髭じじいだった。これが人気の無い理由だろうか。
「あのー」
「あん?」
威圧された。怖い。
「えー、あのですね。ギルドカードを発行したいのですが」
若干キョドりつつも目的を伝える。それにしても恐怖な存在だ。身体のどこかへ刺青が入っているに違いない。
「なんだ新規か。ギルドカードの発行には1万ペニーが必要だ。持っているか?」
「いえ、あの、金額分の素材を用意したのですが、そちらで代替可能でしょうか」
「ああ?素材か。珍しいな。そいつはどこにあるんだ?」
腰に引っ掛けていた布袋を机上に置く。
「こちらです。お納めください」
「ああ」
おっさんが布袋の口を開け中身を確認する。
「これは、コアランの鼻か」
中身を机の上にぶちまけて数を数えだした。
その作業を黙って見つめる。どうかイチャモンを付けられませんように。1万ペニーに届きますように。
「ふん……ふん……………ああ、50個あるな。大きな傷もないようだし、いいだろう。ギルドカード発行の手続きに移ろう」
「よろしくお願いします」
話がスムーズに進んだ。ありがたい。
「まずはこの書類に必要事項を記入してくれ」
おじさんが用紙を机上に置く。ゆっくりと目を通す。
「…………………」
読めない。
透かしたり斜めから見たり点字かと指でなぞったりするも全て不発。そんな俺の奇行におじさんは訝し気な視線を向けてきた。
「火魔法を使用できる職員はいらっしゃいますか」
「は?どういうことだ」
「いえ、あぶり出す必要があるかなと。ほら、熱を加えることで文字が浮き出てくるやつです」
「真面目な顔で意味不明な事を言うな。ほら、しっかり文字が印字されているだろう。見えないのか?」
「見えます」
「ならそれを読め」
「あぁ……好きな異性のタイプを書けばよいのですね」
「読めねえなら最初からそう言えや!」
唾を飛ばしながら机をドンと叩く。その様相に思わずビクッと身体を震わせてしまう。冗談が過ぎたか。
「お前その小奇麗な身形でこの程度の字も読めねえのか。なんだ、ボンボンの坊ちゃんか?」
「いえ、その色々ありまして。はい」
「はぁ。まぁいいや。俺が代わりに書いてやるから質問に答えろ」
「ありがとうございます」
手慣れた感じで代筆を願い出てくれた。俺と同じく文字が読めない者が一定数存在するのだろう。いずれにせよありがたい。
「名前は?」
「タカシ・イケダです」
「あ?変な名前だな。年齢は?」
「26歳です」
「出身は?」
「えーとですね」
日本の地名を答えるわけにいかない。この世界で最初に降り立ったところが順当だろうか。
「おい」
「紅魔族領です」
「は?あ!?おまえまさか、そのナリで魔族だってのか?」
「あ、いえ違います。人間族です。魔族に育てられた、という意味では魔族と言っても差し支えないかもしれません」
「差し支えあるよ。とりあえず出身のことは他の奴に話さねえほうがいいかもな。人間族で紅魔族領の出身は異端でしかねえ。奇異な目で見られたくねえだろ?」
「はい。ご忠告ありがとうございます」
やはりそうだ。確信した。このオジサンは見た目怖いけど良い人キャラなんだ。俺の見立ては間違いじゃなかった。
「んで出身は紅魔族領と。最後、特技はなんだ?」
「特技ですか」
オジサンの顔を見つめる。冗談を言っているわけではないようだ。果たしてギルドカード作成に特技の情報が必要とは思えない。何が目的だろうか。とりあえず答える。
「扇風機の前でアーってすることです。夏場は週に3回、冬場は2回やります」
「せんぷ……お前さ、俺をからかってるのか?」
「そんな滅相もない。本当にやっているんです。自分では特技だと思っていますし」
「そこじゃねえよ。剣やら魔法やら調剤やら、ギルド活動に役立ちそうな特技を言えってことだよ。はぁ、まぁいいや。センプウキの前でアーってすること………と。あとはこの用紙に血を垂らして完了だ」
呆れ顔で書類を差し出してきた。今後を決める重要な項目だったようだ。氷魔法に差し替えてもらった方がいいかもしれない。
しかしその隙は与えられなかった。おじさんは机の下から針と脱脂綿類を取り出した。ほれと顎で指図される。セルフで血を流せということらしい。
針で親指を刺し該当箇所に血を垂らす。すぐに脱脂綿ぽいもので止血する。
「よし。ちょっと待ってろ」
用紙を持って席を立ち奥の扉へ消えていった。
「…………………」
手持無沙汰になった。おじさんが戻るまでギルド内部を観察していよう。
彼以外の受付は左からふんわり美人、キツネ目の女性、中年おばさんというラインナップだった。左へ行くに従って集客率は増加の一途を辿っている。ふんわり美人の所は人が並び過ぎて行列がUターンしていた。
行列の大部分を担っているのは屈強な男達だ。現在ギルド内部を形成している面子は男性が7割、女性が2割、謎の生き物が1割となっていた。恐らく世界的に見ても冒険者の比率はこんなものなのだと推測する。
そんな感じで人間観察に勤しんでいると、受付のおじさんが戻ってきた。
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