第55話 Godspeed
そんなことはなかった。
本当に何事もなく首都へ辿り着いた。
「ふむ。あれが首都マリスだ」
「おお」
首都マリス。外観は圧巻の一言に尽きる。
こう、なんか、うん。そう、とにかく、凄い。
「マリスはな、大陸唯一の湖に浮かぶ水上都市なのだ。他国からは水の都と呼ばれておる。以前伝えた通り首都の名に恥じぬ人口を抱えており、この大陸で随一多種多様の種族を抱えている。もちろん交易も盛んであり、マリスで揃わぬ物はないとまで言われている。防備も万全で普段は東西南北の四方向から湖上を架ける二葉跳開橋が、有事の際は四方全て跳ね上がる仕組みとなっているため、敵勢力の侵入を防ぐことが出来る。また都市自体も成人男性約9人分の高さを誇る八角形の城壁に囲まれており、遠距離攻撃対策も十分と言えよう。ただし、獣人国やボボン王国、レニウス帝国が抱える常備軍といったものは存在しない。かといって戦に弱いということもない。過去、獣人国やレニウス帝国に攻め込まれた際も首都に入り込ませることなく撃退に成功している。その強さはひとえに冒険者の質にある。どの国でも戦時に冒険者を徴兵するのは通例であるが、ダリヤ商業国に在籍する彼らは特に粒ぞろいなのだ。冒険者ランクAはもちろん、S、SS、果てにはトップランカーのSSSまでマリスを拠点としている。他の国には見られない充実さだ。戦の本質は集団戦にあり、その分野においては常備軍を持つ国に一日の長があるのは確かだ。しかし質が数を勝ることもある。ダリヤはその典型というべき国だろう。うむ、少々長くなってしまったが、ひとまず首都の説明はこの程度にしておこう」
「………………」
少々ではない。長すぎる。俺が国会議員だったら間違いなく居眠りしているぞ。議会中にウトウトしているおじさんだ。
いや。それよりもなぜそんなにも流暢に話せるんだ。1度くらい噛まないのか。今時は朝のニュース番組や大晦日の歌合戦でも、話のプロが余裕で噛んでいるんだぞ。やはりおかしい。隠れスキル:饒舌の持ち主であるのは間違いない。俺も欲しい。
「さてイケダよ、首都の検問までは付き添おう。貴様1人では入れんだろうしな。だがそこまでだ。以後に限っては今度こそ1人きりだぞ」
「ええ。分かっています」
「うむ……」
お豚さんが唐突に閉眼した。かと思うとそのまま腕を組み黙り込む。約1分ほど同じ姿勢のまま彼の反応を待つ。
「イケダよ。正直に言って我は貴様が憎かった」
「そうでしょうね。間接的ですが殺されかけたのですから」
今更な話だ。むしろ今までよく殺人未遂者に付き合っていただけたと思う。
「うむ。貴様を首都ビースト近郊の森から助けたのも、当時伝えた通りただの気まぐれだった。だが、だがな。今はそうでもないのだ」
「と言いますと」
「貴様はな、外だけでなく内にまで氷の壁を張っている。幾分か素を曝け出す部分もあったが、それでもなお、最後まで貴様という人物を掴むことは叶わなかった。そのとき察した。あぁ、こやつも我と同様、不器用な心を抱えているのだと」
「………………」
オークに内面を透かされてしまった。確かにセレスといた時ほど安心を覚えなかった。そしてセレスといた時も全てを曝け出したわけではない。そもそも曝け出すほどの何かを持ち合わせていない。オークの彼の期待に応えられないのは残念だが、俺の底は浅い。
「更に貴様は、我に、我のようなオーク族の男に一度たりとも本気で嫌悪感を見せることは無かった。何故だ?」
「何故と言われても」
視線を逸らす。明確な理由はない。そう思いながらもポツポツと小さな粒が表面に出てきた。
「自分で言うのもなんだが、我が一族は魔物の中でも1位2位を争うほど嫌われている。顔や体型は醜く振舞いは貧しい。内外ともに悪辣だ。貴様が嫌悪しない理由が分からない」
視線を戻す。冗談を言える雰囲気ではない。そしてもしかすると、これが最後の会話になるかもしれない。もちろん借金返済や女性紹介などのタスクで再び会う必要がある。しかし人生は何が起こるか変わらない。
誠意には誠意をもって答えよう。
「なぜ私たちが魔物を攻撃するか分かりますか」
「いや」
「それは相手が何を考えているか分からないからです。分からないから怖い。怖いから攻撃する。何故分からないか。魔物に言語能力が無いからです。その点で貴方と他の魔物は一線を画す。意思疎通が取れる相手といきなり戦闘になることはありません」
例外は存在する。だがこの場で開示する必要はない。
「確かに容貌は醜悪で受け入れてくれるヒトは極少数でしょう。ですがあなたには言葉があり、それは間違いなく誠実でした。別に私はオーク族全員を許容できるわけではありません。恐らく過半は氷漬けにしてしまうでしょう。まぁそれはオーク族に限った話ではありませんが」
恥ずかしがる余地はない。これは俺の真意であり隠す必要などないからだ。
「ですから、1つ勘違いがあるとすれば、私はオークを認めたわけではありません。ジークさん、あなたという個体を1体の人格者として敬愛しているのです。男と男の繋がりは顔じゃありません。ココです」
そう言い右手の親指で自分の胸を指差す。途端、先程まで全く感じなかった羞恥心が駆け上がってきた。今の行動は流石にやり過ぎた。
オークの彼も同様に感じたのだろう。自分では中々の演説だと思ったのだが、訝し気な視線を向けてきた。
「前にも言ったが、貴様は我を恋愛の対象として見ていないか?そうでなかったとしたら同性に対してこの表現は気障すぎる。こちらが赤面するところだったぞ。ハッキリ言って気持ちが悪い」
「え」
辛らつな言葉が返ってきた。羞恥心は更に増し首のところまで上がってくる。顔が真っ赤になるのも時間の問題だろう。
「いや、だがそうか。ようやく分かった。一見貴様は何の取り柄もない平々凡々な脇役風情に映るが、ヒトとして大事なところは外していない。確立されていると言っていい。その部分に我は関心を抱き、そして紅魔族の女も認めたのだろう」
持論にウンウン頷いている。褒められている、のだろうか。何の取り柄もない平々凡々な脇役風情は全くの同意だ。
「だが1つだけ言っておく。意趣返しではないが、貴様は自分を言わな過ぎる。それも大事なことに限って心に留めておくきらいがある。言葉は口にしなければ意味が無い。紅魔族の女が貴様をどう思っているか知っているか?知らないだろう。何故なら貴様が自身の思いを言葉にしなかったからだ。猛省を促す」
「…………」
何故だろう。
俺は彼を激賞したつもりだったが、彼から返ってきたのは反省のすゝめだった。彼なりの照れ隠しかもしれない。だがその内容は俺の心へ深く突き刺さった。
セレスへ好きと伝えるのがもう少し早ければ、彼女と離れ離れになることも無かったのだろうか。
分からない。分からないし、考えても仕方がない。むしろ考えなければいけないのは未来だ。期待の目が出る確率は限りなく低い。だがまだサイコロは触れる。彼女と再会する可能性は残されている。
「その忠告は有難く受け取りましょう。確かに思い当たる節はあります」
「うむ。それと……いやなんでもない」
何か言いかけてやめた。俺も鈍感じゃない。俺が彼を認めたことに謝意を示そうとしたが、恥ずかしくなってやめたのだろう。追及するのも大人げないので別の話題へ転じる。
「私はこれから都市へ入りお金を稼ぎつつ、あなたへ紹介できそうな女性を探します。あなたはどうしますか?」
「我は適当にぶらつく。極力都市へは入らん。会いたくない奴がおるんでな。もしも女性が見つかったり、別件で急用があれば冒険者ギルドの掲示板にその旨を掲載してくれ。時折確認しに行く」
「了解です。期待に沿えなかった場合はすみません」
「大丈夫だ。最悪穴が開いていれば問題ない」
「………………」
人格者とは思えない最低な発言だ。恐らくオーク思考の名残だろう。女性の前では人格者の皮をかぶり切って欲しいものだ。
「ではそろそろ行きましょう」
「そうだな」
2人で橋の入口に向かう。
獣人国首都ビーストから飛び出して以後、セレスとバトンタッチするかのように池田の世話係を務めた男、名をジークフリード。
真っ向から己の種族を批判する博愛主義は彼の存在意義を根底から覆す言わば背任行為だったが、共に過ごした間柄としては素晴らしき人格者であり同時に羨望の眼差しを覚える程であった。それ故に彼との別れは幾ばくかの寂寥を感じる。
ありがとう。
「……………」
お豚さんは微かに頷いた。
どうやら言葉にせずとも伝わることはあるようだ。
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