第54話 ホワイトロード
元魔王との邂逅から10日。
無事にコアランの鼻50個を集め終わった一行は森を脱出。舗装された道へ戻り、再び首都を目指すこととした。
フランチェスカとの接触以降は強敵とのエンカウントも無かった。たまにすれ違う冒険者風情がオークの彼に先制攻撃を仕掛けようとするも、ぶら下げているギルドカードが目に入り渋々武器を収めるといったイベントが発生した程度だ。
当人は平然とした表情で冒険者をやり過ごしている。動じない。さすがは嫌われ界のサラブレットだ。
そんな彼だが最近俺への態度がおかしい。恐らくは先日の人魔戦争で見る目が変わったのだと推測している。隣を走っていた男が気づけば遥か彼方に消えていたといったところか。
「ときにイケダよ」
「はい」
そうは言っても普通に話し掛けてくれる。多少の畏怖は感じているだろうに。彼の優しさは留まるところを知らない。
「この前から聞こう聞こうと思っていたことがある。今伺ってもよいか」
「どうぞ」
「先日遭遇したあの、魔族の女性は貴様の知り合いか」
彼の表情に怯えが浮かんだ。当時の衝撃を思い出したのだろう。
「初対面です」
「そうか。ならばよい。強大な力を有する者の周りにはそれ同等の者が集まる。例の魔族と知り合いというだけで凶悪な存在を呼び込む可能性があるのだ。無関係と知ってホッとしたぞ」
「そう、ですね」
「ん?今の間はなんだ」
気づかれてしまった。
無関係は事実だ。しかしそれは以前までの話で今後もそうとは限らない。
「彼女の捨て台詞を覚えていますか」
「………ああ、そういうことか。向こうから迫ってきた場合はどうしようもないな」
「被害が私だけで済むのならいいです。ただ彼女はこうも言いました。私の大事なヒトを奪うと」
「へ?」
「え」
シリアス展開中に突然のアホ面を晒したオークを思わず凝視する。
「貴様に大事なヒトがいるという話だが、あれは咄嗟に出た方便だろう?ならば心配する必要も無かろう」
「いや。大切なヒトいますよ。実際に」
「いないぞ」
「当人が言っているので」
「嘘つけ」
「……………」
白けた視線を向けられる。どうして彼が断言できるのだろう。よほど女性と縁が無さそうに見えるのか。確かにモテ人生とは程遠い道のりを歩いてきたことを認めるけども。
「あなたも知っているヒトですよ」
「え!?…………あー、ああ。紅魔族の女か。はぁなるほど。特徴のない容姿だったが、ああいう女性が好きなのか。ふーん」
「えーと」
どうやら変態後のセレスを知らないようだ。とはいえ俺が大切と言ったのは彼女との過程であり、その大部分は変態前のセレスだ。つまり特徴の無い容姿を好きになったという指摘は概ね合っている。
「そうですね。好きだと言っていいでしょう」
「なぜ上から目線なのだ……まぁいい。話を戻そう。貴様の大事なヒトが紅魔族の女だとして、あやつが紫肌の女性に襲われるのではないか、そう心配しているわけだな」
「ええ」
「不可能だ」
これも断言された。顔も自信に満ち溢れている。いまこの時ほど彼を頼もしいと思ったことは無い。
「理由を聞いてもいいですか」
「理由も何も、紅魔族の女が貴様の大切なヒトだと分かるわけがない。奇跡的に見当を付けたとしても発見する手段が無い。ないない尽くしだ。万に一つ、いや億に1つの可能性もありはしない。そんな奇跡を起こせるとしたら黒魔族領の元魔王くらいだろうよ。ははは!」
「………………」
いや。
絶望や焦燥を感じるよりもまず、ストーリーテラーかと疑うほどピンポイントで元魔王という名称を出してきたことに怒りを覚える。前半で安心させて後半で突き落とす話し方を無意識でやられるとは思わなかった。心の平穏を返して欲しい。
仕方がない。奴も絶望に突き落としてやるか。
「実はですね、私は他人の本名や職業をのぞき見できるスキルがありまして。例の紫肌の女性を確認したところ、職業欄に元魔王と書かれていました」
「なっ!?」
驚いている。お口あんぐりのオーソドックス驚愕だ。
「と、ということは貴様、わ、わ、われの本名を知っているのか!!!」
「…………」
こいつふざけ倒しすぎだろ。誰がお前の話したよ。まずは元魔王のところに食いつけよ。トントンがジークフリードを名乗っていたから何なんだよ。どうでもいいよ。
「彼女は元魔王なのです」
「我はジークフリードだ」
「あなたはトントンです」
「その名で我を呼ぶな!我は、我は、ジークフリードとして生まれ変わったのだ!あの頃の、イジメられていた頃の我はもういない、いないんだ…………うぉおおおおおおおお!!!」
突然の過去語り、絶叫、そして首都マリスの方角へ走り出す。俺は目の前で起きた奇行にただただ唖然とするしかなかった。
「…………………」
いや、うーん。そうだな。そもそも俺がセレスの居場所を知らないわけで。彼女の身に何が起きようとも無力だ。ただただ信じるしかない。
セレス、どうか無事でいてくれ。それとフランチェスカ様、二千年の歳月を過ごした影響で忘れっぽくなっててくれ。
頼む。
★★★★
「ところで、食料や水は大丈夫ですか?首都まで持ちます?」
トラウマダッシュから戻ってきたオークに話しかける。
「うむ。3日ほど前に立ち寄った街で補給したゆえ大丈夫だ。貴様も隣にいただろうに」
「ああ、そうでしたっけ」
城塞都市アリアから首都マリスの間にも町村は存在する。ただ都市ほど栄えているわけでもなく冒険者ギルドも存在しない。お豚さん曰く、少々回り道をすれば他の都市に立ち寄ることも可能とのこと。とはいえ今すぐにギルドカードが必要という訳でもない。そんな経緯から街では補給する程度に留まり、引き続き首都へ向かうこととした。
そういえば立ち寄った街でも宿のお世話になった。もちろん宿代は彼が払ってくれた。最終的には諸々の世話代、生活費も含めて数十万は渡す必要があるだろう。
「イケダよ、見ろ」
お豚さんが前方の道を指さす。視界には白で染まった10m幅の道路が永遠と続いている。
「これがかの有名なホワイトロードだ。東西南北の四方向から首都に向かう道中に設けられており、地面には特殊な鉱石が敷き詰められている。この鉱石には大きな特徴がある。昼間はただ白いだけだが夜になると発光するのだ。それはもう優麗な景色を体感できる。昨今は夜景観光ツアーが開催されるほどの人気を誇っているのだぞ」
鉱石を1つ手に取ってみる。丸みを帯びたスベスベの手触りにオフホワイトの上品な白が映えている一品だ。まったく石に見識の無い俺でもその完成度に興味を覚えた。
「またホワイトロードの始まりは首都までの凡そ距離を知らせてくれる。徒歩で約5日、宙船であれば1日程度だろう」
宙船ってなんだろう。
「つまり残行程は5日ですか」
「そうだ。加えてホワイトロード周辺は、冒険者が率先して魔物を間引いている。ここ以後、魔物と遭遇する機会はほぼ皆無だろう」
有難い話だ。さすが世界第二位の首都といったところか。治安は抜群に良さそうだ。
「そういうわけで今後は安全に進めるぞ」
「そうですか」
本当かな。彼は無意識に極悪フラグを立てるきらいがある。まさかと思うがこの短期間で元魔王と再会などというイベントが発生するのではあるまいな。
いやまさかね。
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