第53話 Hello darkness my old friend
半日後。
〖……………〗
夢遊病患者の如く、もはや立っているだけという状態のフラン様。一方で多少立ち眩みはするものの、表面上は涼しげな様相を呈している池田。
先程まで無尽蔵かと思われるほどの魔弾を放ってきた彼女だったが、数分前から極端に動きが鈍重となった。もしやと思いステータスを確認する。
【パーソナル】
名前:フランチェスカ
職業:元魔王
種族:真魔族
年齢:1822歳
性別:女
【ステータス】
レベル:2314
HP:560011/560066
MP:122/432020
攻撃力:91023
防御力:120166
回避力:172111
魔法力:100005
抵抗力:139088
器用:84432
運:110216
「おお」
MPが枯渇している。開戦当初は太陽が真上にあった。今では夜の帳も下りている。さすがの元魔王も限界に達したようだ。
対して池田のステータスはこちら。
【パーソナル】
名前:池田貴志
職業:家畜の家畜
種族:人間族
年齢:26歳
性別:男
性格:逆境〇
【ステータス】
レベル:14
HP:201/201
MP:8887/8887
攻撃力:145
防御力:231
回避力:92
魔法力:11231
抵抗力:310
器用:178
運:55
全く以って変化なし。それはそうだ。相手の魔法を受けると同時にMPを回復しているのだから。
スキル:MP吸収。
マイスキルの中で一番のチートはこいつかもしれない。相手が魔法使いなら持久戦で敗けることはないだろう。弱い敵には弱氷壁、強い敵には強氷壁と使い分ければ常にMPを高水準に保っていられる。
たとえ肉体的な疲労を感じても、今回同様自分自身に回復魔法を施せば問題ない。想定外の外れスキルだったが、なかなかどうしてボス戦での活躍振りは他の追随を許さない。この世に無駄なものなんてなかったんだ。
魔王様が使用されたのは魔弾のみだった。火弾、水弾、風弾、闇弾、土弾とバリエーションだけは充実させていたが、肝心の威力はさほど変わらない。結果的に氷壁ドーム5層目を突き破ることはなかった。
魔弾の同時発射数もほぼ2つ固定だった。数回だけ5つ、10つを同時に放ってきたが氷壁は健在のままだった。
当初はこんなものかと安心を覚えていた。いわゆる見掛け倒しだと。しかし次第にある疑問を抱くようになった。
彼女は何か試しているのではないかと。
それが何かは分からない。ただ魔弾のみで他の魔法を使用してこず、近接攻撃も仕掛けてこず、魔弾も2つまでに抑えている。
彼女は本気を出すと言った。だがどこからどう見ても手を抜かれている。まるで殺す気が無い。
何を考えている。俺はどうすればいいんだ。そんな疑問を抱えたまま約半日が経過してしまった。そうしてようやく魔王様のマジックポイントが底を尽きた。
魔王様とにらみ合う。ただただ視線を交わす。何も言ってこない。こちらも無言を貫く。時間だけが流れていく。
「あ、あの、えーとだな」
しびれを切らしたオークが口を開いた。しかし彼女は反応しなかった。ならば俺もと彼を無視した。オークは口をモゴモゴさせた後、再び黙った。
何分、何十分経過しただろう。ようやくにして彼女から言葉が紡がれた。だがそれは予想したものではなかった。
〖貴様には、大切な存在はおるか〗
「え」
どういうことだろう。意味が分からない。着地点はあるのだろうか。
〖答えよ〗
「えーと、います。というか貴女という災厄に出会って気づかされました。私にとってあの子は、彼女はこの世界そのものだったと」
〖ほう。そうかそうか。ククク〗
例の気色悪い笑い方をしている。考えが読めない相手程怖いものはない。
魔王様は紫フェイスでにたぁと笑いながら口元に人差し指を当てた。
〖貴様の疑問に答えてやろう。妾は貴様を殺すことが出来た。だが殺さなかった。それは何故か。簡単だ、殺すには惜しいと思ったからよの〗
「惜しい…」
〖そう。正確には"今の"貴様を殺すのは惜しい。分かるか?〗
「わ、わからん。どういうことなんだ一体」
オークさんが自然と人の台詞を奪っていった。ここは魔王様と池田の対話シーンなので入ってこないで欲しいんだけど。
〖貴様は面白い存在だ。ニンゲンのくせに強固な氷魔法を操り、無尽蔵の魔力を誇る。果たして妾を驚かせることが出来るモノがこの世にどれだけいるか。実に面白い。面白いぞ。そして、とてつもなく憎い〗
「は」
聞き間違いだろうか。認められたと思ったら急に突き放されたみたいな。面白くて憎い。その感情は両立するのか。
〖故に惜しい。殺さずにはいられないほど憎い。殺すのを躊躇せざる得ないほど面白い。そう、この半日間、妾は自身の感情に揺れ動いておったのだ。その結果が現状よ。理解したか?〗
「いや、しましたけど。半日間て」
悩みすぎだろ。むしろよく半日も集中力が続いたものだ。さすが2000年以上生きているだけある。
魔王様は唇に当てた人差し指を妖艶に舐めながら流し目で語りかけてきた。
〖そして決めた。此度は様子見で済ませる。決して殺さぬ。嬉しいか?あぁ?〗
「え、はい。嬉しいです」
素直に伝える。当人がそう言うのだから間違いないだろう。よく分からないが生還ルートが確定した。フゥーっと大きく息を吐く。
体内時計は20時くらいを指している。周囲は真っ暗で魔王様の周囲にポツポツと光源があるのみだ。光魔法だろうか。魔王なのに光。
光源のお陰で魔王様の姿はハッキリと見える。MPが枯渇したというのに悠々泰然としている。今なら俺の攻撃も通るのではないかと邪な考えが浮かぶものの、一瞬にして脳が拒否反応を起こす。やめよう。相手が攻撃を止めると言っているのに波風を立てる必要はない。
魔王様はキラキラと光る人差し指の先にボッと火を灯した。何故だろう、炎越しに見える彼女の顔に好感を覚えた。やはり綺麗な顔立ちをしている。
しかしそんな感情も次の一言で見事に消え去った。
〖その代わり。次に邂逅する際、貴様は大事なモノを失っているだろう。 この世で一番大切な存在を。カカカカカ!〗
「ちょ」
一瞬で全身が熱くなる。急に何を言い出すんだ。
真意を問いかけようとするも一足遅く。
〖妾は妾を脅かす存在が好きだ。そして貴様はソレになり得る可能性を秘めておる。だが足りぬ。強さが足りぬ。しかしヒトの生は存外に短く、貴様が到達できぬ可能性がある。ならばどうするか。強制的に強さを求めさせればよい。そう、憎しみが貴様を遥かなる高みへ導くのよ。貴様の大切なものを奪う妾を憎め。そして強くなれ。貴様が妾を殺す日が訪れること、楽しみにしているぞ!ではの。カカカカカ!!!〗
周囲を照らしていた光が消える。それと同時に魔王の姿も見えなくなる。
驚きのあまり声を出せない俺とオークをよそに、彼女の高笑いが森の中をこだましていった。
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