第51話 塩漬けスキル

 どうする。どうする。どうしようもない。豚の彼でも諦念を覚えるほどだ。万策尽きし後は今の全力で対応するしかない。まだ誰にも破られたことのない渾身の氷壁を展開しよう。


 考え無しに力を込めて氷の壁を造る。造る。造る。造る。造る。5枚ほど氷壁を用意したところでタイムオーバー。新東名の深夜トラック程度のスピードで放たれた雷弾が造り立てほやほやの氷の壁に着弾する。


 「………っ」


 1枚目。砕け散る。


 2枚目。砕け散る。


 3枚目。少し粘ったが砕け散る。


 4枚目。3枚目より粘ったが砕け散る。


 5枚目。亀裂が走り砕け散る――――かと思いきや、ギリギリのところで耐え切った。


 「うおっ」


 雷弾は霧散した。直後、最終氷壁も音を立てて崩れ落ちた。


 「………………」


 「………………」


 〖………………〗


 全てがスローモーションだった。つまり絶体絶命の危機に陥っていたことは確かだ。だが耐えた。すんでのところで耐えきって見せた。


 いや。


 え?


 嘘だろう。


 念のため全身を確認する。もちろん傷一つついていない。


 あのステータス差で防げたというのか。我ながらどうなっているんだ。


 胸の鼓動を感じつつ微かな安心を覚える。本気で死んだと思った。次回死ぬ機会があれば、前世の焼死よろしく真綿でじわじわ絞め殺す系の死に方ではなく、安楽死もしくは瞬間死がいいなと思っていた。でもこれは違う。なにか違う。消滅死など望んでいない。


 〖カカカ!まさか防ぐとはの。これは久方ぶりに殺しがいのある奴に出会うたわ〗


 なぜか上機嫌である。そのままスキップでもしながら消えてくれないだろうか。


 〖しかれども。絶望しろニンゲン。今ほどの魔法は威力を五分の一まで抑えておる。次は三分の一だ。果たしてもう一度防げるかの〗


 「…………えぇ?」


 なるほど。ステータス差を覆した理由はそこにあったのか。納得だ。


 いやいや、納得している場合じゃない。もう駄目だ。防げるはずない。こいつ人の命を弄んでいやがる。食事をする感覚で俺を殺そうとしているぞ。


 なぜか急にあのマンガの鉄骨渡りのシーンを思い出した。しょせん俺たちは一部の特権階級に踊らされるか弱き仔羊なのか。先生あなたはか弱き大人の代弁者なのか。


 ああ。


 死はほぼ確定した。覆すことは難しい。ただそれを受け入れるかは別の話だ。


 まだ死ねない。死にたくない。そう思えるモノがこの世界に存在する。


 そうだ。俺はまだ彼女の笑顔を見ていない。



 「名前を、伺ってもよろしいですか」


 〖あ?妾か。そうよの、本来であれば人間風情に告げることなど有り得ぬがの。今回は特別に授けよう。妾はフランチェスカだ〗


 「見た目の毒々しさとは一転して随分可愛らしい名前ですね」


 〖………あ?〗


 「身体は巨大。容貌は醜悪。性格は傲慢。つまりは選り好みをしないオーク程度しか嫁の貰い手が無いでしょう。なぁ、ジークフリード?」


 「え、はっ!?い、い、イケダ、なにを」


 〖………人間よ。まさか貴様、妾に喧嘩を売っておるのか〗


 「何を今更。気持ちの悪い巨人女がいるなと思い氷弾を放ったのは私ですよ」


 〖………………ニンゲン〗


 俯く元魔王。わなわなと震える様子から激おこの模様だ。


 頭に血を昇らせて視野を狭くさせようとか判断力を低下させようとか、そういう考えがあって挑発したわけじゃない。何も行動を起こさないまま無残に死にたくなかっただけだ。


 悪あがきの先に光明がある。ただそれだけを信じて進み続けるだけだ。


 ということでスキルウインドウ、オン。



【スキル】

 ステータス:4

 回復魔法:10

 MP吸収:54

 氷魔法:32


 スキルポイント:10



 レベル上昇によりスキルポイントも蓄積されている。あとはこのポイントを如何に振るか。


 決まっている。


 新たなスキルを習得する余地はない。現状持ちうる最強の武器を強化するのみに力を注ぐ。すなわち氷魔法に全振りだ。


 さぁさぁさぁと。氷魔法を強く念ずる。



 ピコン。



【スキル】

 ステータス:4

 回復魔法:10

 MP吸収:54

 氷魔法:42


 スキルポイント:0



 よし。


 準備は万端だ。


 時代は氷だろう。氷しか信じられない。氷があればいい。それだけでいい。いくぜ氷。全部氷のせいだ。答えは氷に聞け。氷が胸にきた。


 「って」


 ちょっと待て。ここに至って見過ごせない事実に気づく。


 MP。MPが枯渇寸前だった。先程ステータスを確認した限りでは最大値に対して七分の一まで減っていたはずだ。ひいてはMP枯渇で魔法を使用できない都合上、氷魔法を強化しても意味が無いではないか。


 これは酷い。うっかりでは済まされない。後戻りは不可能だ。スキルポイントリセット機能などありそうにない。


 どうしよう。



 


【パーソナル】

 名前:池田貴志

 職業:家畜の家畜

 種族:人間族

 年齢:26歳

 性別:男

 性格:心配性


【ステータス】

 レベル:11

 HP:160/160 

 MP:7312/7312

 攻撃力:133

 防御力:192

 回避力:88 

 魔法力:9202

 抵抗力:230

 器用:122

 運:55

 


 「……………あれ」


 そんなことはなかった。一体どうした事か、MPが全快している。


 分からない。元魔王の出現と相まって混乱は増すばかりである。次から次へとハプニングが目白押しだ。


 MPが回復した理由。思い当たることはあるだろうか。キッカケも無ければ見当もつかない。ない。ないはずだ。


 ん?


 あれ。いや。いや待て。もしかすると。


 「塩漬けスキル……」


 MP吸収。


 奴だ。奴しかありえない。


 今まで一度として表舞台へ立つことのなかった彼がこの土壇場でようやく脚光を浴びたということだろう。ディスペルやらリカバーやらの代替魔法として誰からも望まれぬ生を授かった子だったが、何ともまぁ劇的な下克上を成し遂げたものだ。


 状況から判断するに、元魔王が放った雷弾からマジックポイントを吸収したのではなかろうか。一時は二千以下まで低下したMPが全回復している以上、それ以外の媒体は思いつかない。まさかまさかのパッシブスキルだったようだ。自動で発動される技。


 だがそうなると1つ疑問が出てくる。本来は1つで収まるはずがないのだが緊急性を加味して1つ。なぜ雷弾に直接触れたわけでもなくMPを吸収できたのかだ。


 こちらも仮定はある。元魔王の攻撃に唯一触れたのは俺が構築した氷壁だった。つまり術者の生み出した魔法に接触することで対象からMPを吸収したと。そうとしか考えられない。


 この世界にもBluetoothあったんだ。

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