第50話 謝らせてください

 一目惚れだった。


 彼女を見た瞬間に恋に落ちた。2度目の恋だった。しかも同じ人物に対してだ。


 生まれてこの方一目惚れを経験していなかった身からすると衝撃的な出来事だった。フィクションの世界での話だと思っていた。しかし違った。一目惚れは現実に存在した。


 彼女を視界に入れた瞬間、まるで雷に打たれたかのような、という表現そのものが身体中を駆け巡った。いわゆる細胞が彼女を欲していた。彼女の顔から目が離せなかった。これを恋と言わずして何と言おうか。


 今でも彼女を思い出すたびに様々な感情が胸の中に渦巻く。無理やり終わらせようとした。だが無理だ。もう会えないかもしれないと口から漏らす一方で、絶対に会いに行くという断固たる決意が心の奥底を支配している。


 死ねない。


 少なくとももう1度彼女に会うまでは死にたくない。


 死ねないだろう。




 ★★★★




 平均ステータス10万の元魔王が出没した。


 ここは初心者ご用達の森だと耳にしていたが、どうやらとんだ勘違いだった模様。コアラン風情しか出現しないというガセ情報をつかまされた。


 野生の元魔王が現れた!といった感じだろうか。恐ろしい言葉である。


 そんな元魔王さんに対して池田のステータスはこちら。



【パーソナル】

 名前:池田貴志

 職業:家畜の家畜

 種族:人間族

 年齢:26歳

 性別:男

 性格:人道主義


【ステータス】

 レベル:11

 HP:160/160 

 MP:1111/7312

 攻撃力:133

 防御力:192

 回避力:88 

 魔法力:9202

 抵抗力:230

 器用:122

 運:55


 

 おお。レベルが上昇している。コアランを大量に狩ったお蔭だろう。それに付随してステータスの変化も確認できる。が、元魔王に太刀打ち出来る数値ではない。池田自慢の魔法力でさえ、彼女と比べると十分の一程度だ。更にはコアラン虐殺で消費したMPの残存も気になるところである。


 結論。戦闘に持ち込まれると死亡不可避。敗北を実感する前にご臨終となるだろう。


 この危機を回避する方法はただ1つ。如何にか会話に持ち込み彼女の怒りを鎮めることだ。それしかない。


 先程の氷が当たった発言からして俺に非があるのは明らかだ。10:0で池田有罪。ならば誠心誠意謝罪を繰り返せばどうか。約20世紀の時を生きた年齢と人間同等の言語能力から、罪を認め謝るという行いは無視できないだろう。あとは元魔王の度量と池田の話術次第だ。我が事ながら後者は期待できない。前者に全てを賭ける。


 よし、謝ろう。1度決意すればひしひしと緊張を覚える。明らかに格上の存在だ。日本時代の上司を思い出し喉がカラカラになる。


 上司か。嫌な記憶を思い出してしまった。部下の管理すら真面に出来ないくせに態度と言動は一丁前。上には媚びへつらい、下には圧倒的な権力を振りかざす。歳を重ねていくにつれて中間管理職の辛さに理解も覚えようが、新卒当時の俺は目茶目茶嫌いだったし同時にビビってもいた。


 これはいけない。今の心境では最初の一言さえ紡げないだろう。仕方なしに一度大声を発して緊張を解きほぐそう。


 すぅ、と大きく息を吸い込み。


 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」


 大音量の絶叫を披露。思ったよりも声量が大きく当の本人がびっくりしている。


 ジークと元魔王の様子を確認する。2人とも同様に驚いた表情を顔に浮かべていた。つまり皆びっくりだ。大丈夫かな。


 とはいえ緊張はある程度吹き飛んだ。今なら淀みなく謝罪出来よう。自社パッケージの製品が低品質過ぎてシステム導入後に何度も障害を起こし、その都度頭を下げに行かざる得なかった悲しい社蓄の成れの果てに手に入れた謝罪スキルを披露する日が来たようだ。


 いこう。


 「この度は」


 〖威嚇とは味な真似をしてくれる。気に入ったぞ、人間族よ。―――貴様から殺してくれよう〗


 と言い放つと同時、元魔王の右手上に何かが形成される。野球ボールより一回り程度大きな真っ黒な球だ。その物体からバチバチと小刻みに爆ぜる音が聞こえた。


 「あ、いや、ちょ」


 確かに緊張していた。だからこそ大声で叫ぶという愚行に走ってしまった。謝罪する前に謝罪案件を増やすなど狂った行為だろう。そうは言っても殺人を決意するまでが早すぎる。


 〖雷弾だ。これに当たうた者は服が溶け、皮膚も溶け、骨まで溶解し、果てには跡形もなく消え失せる。害虫駆除にはぴったりの魔法よの〗


 「らい、え?」


 怖い。どの処刑方法よりも一番残酷だろう。しかも過程が具体的過ぎる。間違いなく前例があるだろう。既に何人か同様の方法で抹殺しているに違いない。微塵も躊躇しないやつだ。


 豚の彼をちら見する。こちらも顔が真っ青となっている。元々緑色なのに青へ変色していた。


 どうする。この状況で会話は可能か。限りなく無理な気配が濃厚だが、やらない後悔よりやる後悔。言ってまえ。


 「い、威嚇するつもりなど更々ありません。誤解です。ひいてはこの場にて謝罪したく」


 〖小賢しい。言葉には魂が宿っている旨もちろん知っておろう。行き着くところ自身の言動を撤回するなど断じて許さぬ〗


 素晴らしい考えだ。コロコロと発言を塗り替える汚職まみれの政治家達にも聞かせてあげたい。一方で俺にとっては予想通りかつ最悪の返答となった。というか絶叫はしたけど何の発言もしていないぞ。どこに魂が宿っていたんだ。


 ここに至っては説得など困難。むしろ言葉を重ねる毎に向こうの怒りを増長しかねない。必然的に戦闘へ突入することとなる。即死不可避の状況は相変わらずであり、上手い回避策も生まれない。


 嘘だろう。万事休すじゃないか。


 〖さぁ、存在ごと消え失せるがいい〗


 当の然、これ以上考える暇は与えられず。


 絶望色で全身をコーティングした雷弾が唸りを上げて襲い掛かってきた。

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