第49話 黒の遭遇

 ブコッ、という音とともにコアランの鼻をぶっこぬく。


 「これで何個目でしたっけ」


 「40だ。あと10個だな」

 

 安定の氷魔法で40匹を仕留めた。残り10匹。ゴールは近い。


 余裕が出てくると考える時間が生まれる。何を考えるか。もっと効率よくコアランを仕留める方法だ。 


 1匹ずつ殺していくのを面倒に感じる。せっかく魔法という広範囲攻撃手段を持ち合わせているのだ。上手く活用したいところである。


 広範囲、こうはんい。


 「……お」


 思いついた。これなら同時に複数のコアランを倒せるかもしれない。運が良ければそれ以外の魔物類も期待できる。


 「ジークさん、ちょっとこっちに来ていただけますか?」


 「ん?ああ」


 お豚さんが隣へ来た。瞬間、フローラルな香りが鼻孔を刺激する。


 「うわ、いい匂い」


 「一方で貴様は吐き気を催す悪臭だな」


 暴言を吐かれてしまった。しかし事実、アリアを出てから水浴びをしていない。着替えもしていない。自分では気づかないが、汗やら何やらでとんでもない悪臭を振りまいているのだろう。ここにもセレスと離れた影響が出ている。


 「オークは汗をかかないのですか?」


 「そんなわけなかろう。香水をつけているのだ」


 「え」


 なんだこいつ。まるで意味が分からない。どこを目指しているんだろう。顔不細工だけど髪型と服装でイケメンを装っているチャラ大学生のようなものだろうか。雰囲気と話術で勝負するタイプの。


 大幅に脱線してしまった。香水は後で借りるとして、ひとまず実験の続きといこう。


 「失礼。ここから動かないでくださいね」


 と彼に伝え、想像を働かせることに神経を注ぐ。イメージは全方位ミサイル。それの氷版。つまりは複数の氷弾が俺を中心とした360度全域に放出される無差別攻撃魔法。


 自信はないがやってみよう。何事もトライアル&エラーで成長していくのだ。

 

 十数秒を経てイメージの構築が完了する。


 よし。


 いっちょ詠唱付きでかましてやるか。


 「氷の聖霊よ、こ、あ、こおり、氷よ行け、オールレンジアイシクル!」


 「それ詠唱か?」


 適当をこいて魔法名を発する。と同時に足元の魔法陣が唸りを上げた。通常比1.5倍程度の大きさと速さだ。凄まじい。


 「ってちょ、ぬっ!お、こ、これは、おいやめろ!!」


 彼から制止の声が上がった。しかし一足早く氷ミサイルが全方位へ放たれる。


 シュババババババババ。


 「おお」


 綺麗だ。


 1つ1つの氷はスーパーボール程度の大きさだった。それが100個以上森の中を駆け抜ける姿は壮観と言える。


 ある1つは木の中に埋まり込み、ある1つは地面に突き刺さったりと不発。だが残り数十個は眼の及ぶ範囲外へとその身を滑らせていった。直後複数の断末魔が耳を打つ。どうやら何匹からの魔物を仕留めることに成功したようだ。


 「これは……使えそうですね」


 ドヤ顔を晒す俺。一方でオークの彼はというと。


 「イケダ!こういうのやめろ!」


 「何を慌てているのですか」


 「馬鹿!か、可能性は限りなく低いであろう。だが万が一、この森にニンゲンがいたらどうするのだ。あの破壊力だぞ、当たってしまえば即死も有り得る。ごめんなさいでは済まされない」


 「あ」


 確かに。失念していた。


 「更には敵を指定しない無差別な攻撃はよからぬモノを刺激する可能性がある。幸いにも脆弱なモンスターのみ出現する森だからいいものの、これが紅魔族領や黒魔族領であれば今頃命はないと思え」


 「そうなのですね」


 ジークフリードの指摘は尤もだ。軽率過ぎる行動だった。


 「すみませんでした。以後気を付けます」


 「分かれば良い。指摘が遅れた我にも責任はある。ところで何匹か魔物を仕留めたようだな。手分けして素材を―――」


 言葉が不自然に途切れた。なんだと思い彼を見やる。


 「………ァ………ァ」


 とても、とても、大きく口を開けていた。空前絶後の驚愕フェイスと言えよう。


 恐る恐る、彼の視線をたどる。


 「……………」


 鬱蒼とした森のみが視界を覆う。驚くようなものは何もない。目を凝らす。やはり木々しか映らない。どういうことだろう。


 まさかとは思うがこやつ、俺を恐怖に陥れようとドッキリを敢行したのではあるまいな。彼の驚愕フェイスで慌てふためく姿が見たかったのだろうか。趣味が悪いというよりは、それどういう趣味?と聞きたいところだ。


 「ジークさん、あのですね」


 と次の瞬間。


 それは唐突にやってきた。


 「…………」


 ブワッと。全身に鳥肌が立つ。


 「え」


 あ。


 やばい。


 やばい。


 分かった。


 なんかやばいの近づいている。


 先ほどまでの穏やかな空気が一瞬で引き締まる。こう、なんだ、覗かれているような、そう深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ的なニュアンスの視線が全身を舐めまわし、ほとばしるほどの悪寒が止まるところを知らない。


 なんだこれは。視線に殺されるとはこういうことなのだろうか。


 自身が恐怖を感じているとき、人は無意識に同類を求める。もちろん俺も人間だ。ガチガチにビビっていたオークに再度視線を向ける。


 「……………」


 左手には盾、右手には剣を持ち、臨戦態勢を整えていた。こいつマジかよ。この気配の相手と戦うつもりか。オークすごい。尊敬ハイマックステンション。


 「お、おい、イケダ。恐らく、この視線の主から逃れることは、不可能だ」


 と思ったらきっちりビビッていた。ただその意見には同意だ。背中を向けて形振り構わず逃げ出しても確実に追いつかれる。間違いない。なぜか分かる。


 「だからといって刃を交えるのもどうかと」


 「結局死ぬのなら、戦って死にたいと思うのは我儘か」


 「いえ、それは。我儘にしては欲が無いと思います」


 諦めが肝心という言葉はこういう時こそ使うべきだろう。とりあえず恐怖からのしょんべん漏らしイっとくか。


 ジャー。


 「ふぅ………よし」


 「よし、て。この、貴様!オークの鼻はかなり敏感なんだぞ!」


 「怖くて漏らしてしまいました」


 「いやいや。意図的だろう。意図的も意味分からんが、ってひぃっぅ!」


 お豚さんが声にならない叫び声をあげた。よもや観念する時が訪れたようだ。ゆっくりと彼の視線を辿る。


 するとそこから。


 森を従えた何者かが。


 俺たちの前に姿を現した。

 

 〖―――貴様らか。妾に攻撃を仕掛けてきたのは〗


 相手とはまだ幾分かの距離を残している。だというのにはっきりと聞こえるその声は、まるで脳に直接話し掛けられているような心地であった。


 「………………」


 「………………」


 〖おい。妾が問うておるのだぞ。答えよ〗


 「ご、ご、ご、誤解だ。貴殿を狙ったわけではない」


 ジークが率先して返答する。戦犯は俺だがとりあえず様子を見ることとする。頼む。頼む。


 〖ほう。ではどういう意図かの。答えよ〗

 

 女は俺が放った氷弾を手のひらでコロコロとしながら問うた。

 

 一口に女と言っても人間のソレではない。身長3メートル近く。体型はぼんきゅぼん。黒のスレンダードレスっぽい服の上にこれまた黒のカーディガンっぽいものを羽織っており、極めつけは黒髪ロングストレートを膝丈程度まで伸ばしている全身真っ黒スタイル。


 しかし肌の色は紫。頭に山羊みたいな角生えてる。黒目の中に赤目がある。


 「……………」


 見た目が怖すぎる。遠目からだとスラッとした女性と見間違うだろう。だのにこうして近距離で目の当たりにすれば尋常でないがっかり感だ。がっかりしている場合ではないのだけど。


 「いと、意図というかその、あれだ、魔法の練習を、その、していたのだ」


 〖練習とな?カカカ、笑わせるなよ無知蒙昧たるオーク風情が。妾の顔目掛けて真っ直ぐに飛んできたのだぞ。殺意無しであの軌道は描けまい〗


 「い、いや!本当に違うんだ!信じてくれ!!」


 〖もうよい。いずれにせよ貴様らの末路は既に定まった。あとは抵抗して死ぬか、大人しく死ぬか。その二択だぞよ〗


 「なっ…………」


 絶句である。そして完全に放心状態のオーク。もう一方の男はというと、正面から殺気を当てられて足ガクガク腕ブルブルおちんちんプルプルの平常運転だった。


 「……………」


 落ち着こう。いったん落ち着こう。このままではオシッコ漏らし男で生涯を終えてしまう。いわゆるオシッコ死というやつだ。それだけは避けたい。


 よし。よーし。


 ふぅー。


 まずは現状の把握に努めよう。目の前の何かは強い。確実に。今まで出会ってきた中でも最大の脅威だろう。そうは言っても強さには限界がある。


 分からん。まだ分からない。俺の氷魔法で何とかなっちゃうかもしれない。


 ということで、ステータスウィンドウ来い。



【パーソナル】

 名前:フランチェスカ

 職業:元魔王

 種族:真魔族

 年齢:1822歳

 性別:女


【ステータス】

 レベル:2314

 HP:560020/560066

 MP:412331/432020

 攻撃力:91023

 防御力:120166

 回避力:172111

 魔法力:100005

 抵抗力:139088

 器用:84432

 運:110216


 


 「………………」


 そうか。


 「ジークさん」


 「ど、ど、ど、どうした」


 「実は男性の勃起姿を見て勃起したことがあるのですが、私はゲイですか?」


 「……………」


 1度試しにゲイの友達から男同士のビデオを借りて見てみたが、開始10秒で吐き気を催してしまった。だから男が好きというわけではないと思うんだけども。セクシービデオでは女優の他に男優の肉体美や股間にも目が行ってしまう。


 不思議だよなぁ。

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