第47話 攻撃魔法
城塞都市アリアを発ち早3日。
順調。その一言に尽きる。
ギルドカードの効果は絶大だった。あれからお豚さんに攻撃を仕掛けてくる者は皆無だった。畏怖が4、嫌悪が4、憎悪が2といった視線を送られつつも俺達の横を通り過ぎて行った。嫌われっぷりは魔王級と言ったところだろう。
さらには首都へ近づくにつれ舗装具合に磨きのかかる道。魔物出現数の激減。順調以外の何物でもない。
そんな3日間を過ごし4日目の朝。
朝食のパンっぽいものとスープを食べ終えた後、食器類を水拭きしているとパーティーメンバーが話し掛けてきた。
「なぁイケダ、少しいいか」
「はい」
「貴様は戦闘経験と呼べるものが少ないだろう」
「随時氷の壁を構築していますが」
「それも戦闘ではあるが。言い方を変えよう。魔物を殺したことはあるか」
「ありません」
「ふむ。貴様が今後どのような生き方を選ぶか我には分からん。だが生涯に渡って街や都市に引き籠ったまま人生を終えることもあるまい。とすれば外出中に魔物と遭遇することもあろう。今は我がいるから良い。以前もあの小娘が戦闘を担ってくれたのだろう。だが首都に到着して以後、小娘も我もおらん。貴様1人で魔物と相対する事態が発生するやもしれん。そんな折に戦闘経験の少ない貴様が上手く対処できるとは思えん」
「ええ。アタフタするでしょうね」
「最悪死に至るかもしれん。ゆえに我がいる間に少しでも戦闘経験を積むこと推奨する。我がいれば、貴様がヘマしたところでフォローに入ることが出来よう」
「それは有難い提案ですね。ただ」
「ただ?」
「なぜそこまでしてくれるのでしょう。自分で言うのもなんですが、短時間で他人に好かれるような男ではありません」
広く浅くが出来ない性格なんだ。だからこそパリピに憧憬の念を抱いていた。
「うむ。確かに貴様という存在は見えぬところが大きい。測りかねる部分があるのは認めよう。ただ、そうだな……我はオークだが、多少なりとも情はある。人情ではなくオーク情だな。一緒に旅した者が我の見えないところで死なれると後味が悪いのよ」
「なるほど」
善意か。まったくオークらしくない。ただジークフリードらしくはある。
いずれ自身の強化は必要だと感じていた。肉体というよりも心の強化だ。いざ魔物と相対した時に殺せる覚悟を持たなければならない。
渡りに船とはこのことだろう。相変わらず素敵な振舞をしてくれる。これで顔がイケメンだったらと思わないでもない。天の采配は残酷だ。ジークフリードには二物を与えてほしかった。
「分かりました。お手数ですがよろしくお願いします」
「うむ。任せろ」
訓練開始です。
★★★★
歩道から外れ、魔物が出現すると思しき薄気味悪い森の中へと足を踏み入れた。
以前彼が首都へ向かった際に人間とのいざこざを避けるためこの森を突っ切ったらしい。歩道を通るよりも幾分か日数を要するが、首都へは問題なく辿り着けたと。
「さて、戦闘へ入る前に確認すべきことがある」
「なんでしょう」
「貴様は攻撃魔法が使用できないのだったな」
ああ。そういえばその辺りについて何も伝えていなかった。彼の前ではアイスウォールしか唱えていなかった都合、そう解釈されても仕方がない。
「いえ。使えるんじゃないかなぁと思います」
「なんだその曖昧な表現は」
「あれが攻撃魔法なのか定かではありませんが、獣人相手にそれっぽいものは使用したことはあります」
ブル・ドッグ冷凍保存計画。
「ふむ……魔物相手にはないのだな」
「ええ。ですがやってやれないことはないと、そう思っています」
他の魔法使いは杳として知れないが、俺の場合はイメージするのみで事足りる。魔法を攻撃に用いるのも難しくないだろう。
「なるほど。ではそうだな、論より証拠だ。早速実践といってみよう」
実践主義のセレスを彷彿とさせる発言だ。ただしあの時より絶望的ではない。いざとなれば氷壁四方固めで縮こまって居ればいい。
「了解です」
「よし………うむ。飛んで火にいる夏の虫とはこのことだな」
ちょくちょく飛び出ることわざはどこで習得したのだろうか。しかもフィクションの中でしか聞けないような言葉ばかりだ。
「前方右方向からコアランがこちらへ向かって来る。見た目は大人しそうで可愛いが、近寄った途端大きな牙で噛みつく凶暴な魔物だ。ただし遠距離攻撃は持ち合わせていないゆえ、魔法使いには滅法弱い。貴様にはうってつけだろう」
彼の示す通りほぼコアラのような外見を伴った2足歩行の魔物がこちらへ近づいている。背丈は俺の半分程度。目がクリッとしていて可愛い。外見につられ近づいた者を捕食するタイプの魔物かもしれない。見た目が人間に近ければ躊躇したかもしれないが、マスコット系に心が動かされることはない。サクッとやってしまおう。
「別にアレを倒してしまっても構わないのでしょう?」
「だからそう言っている。早くやれ」
「はい」
息を整える。何も緊張することはない。いつも通りやるだけだ。この距離なら魔物が急に襲い掛かってくることもなく、余計なプレッシャーも感じない。
ふう。
よし。
魔法を放てる構えを取る。とはいっても右手と右足を前に出しただけ。
「いきます」
「うむ」
「いけ」
「え?」
足元で水色の魔方陣がぶぉんぶぉんする。掌には一瞬の冷気。何度か瞬きを繰り返した後、身体中からスッと何かが失われる。
次の瞬間。
キンッと。
コアランの氷漬けが完成した。
「…………」
「どうでしょうか」
「いや、ああ。上出来だとは思うが。えー」
「なに」
「以前からの疑問だが、貴様は無詠唱魔法の使い手なのか」
「あー」
なるほど。察するにこの世界では詠唱スタイルが一般的のようだ。そういえば道中で遭遇した女魔法使いも詠唱していた。一方で沈黙の彼女は詠唱・無詠唱を使い分けていた。どちらがいいとかあるのだろうか。早さのみなら無詠唱に軍配が上がるだろう。
「言いましたよ。いけって」
「それを詠唱だと主張するには無理があるだろう」
「そうですか。どういう言葉を羅列した方がいいと思います?」
「いや詠唱って考えるものじゃないから。文言は決まってるから」
詠唱に関する熱い議論を交わしつつコアラン氷漬けの前まで歩く。
「おお。これは見事な氷魔法だな」
オークがコンコンとアイスコーティングを叩く。もちろんその程度で割れるはずもない。
「これでは我も……いや」
距離があれば彼を瞬殺することは容易いだろう。当然やらないけども。
「しかし死んでようには見えませんね。今にも動き出しそうです」
「何を馬鹿なことを」
「……あ」
やば。
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