第46話 ファースト・ラブオーク

 次の日。


 朝早い時間から商店が開いていたため手早く必要な物を買い、そのまま都市アリアを出発した。歯ベラーシも購入してもらった。海外の無人島サバイバル映画を見てから虫歯が怖くてたまらない。ボールがトモダチのやつ。


 目的地はダリヤ商業国首都マリス。国の中心に位置する都市で、城塞都市アリアからは徒歩で20日程度要するらしい。


 僥倖なことにオークの彼はマリスへの道を知っているらしい。以前滞在したことがあるそうだ。高性能ナビ顔負けの水先案内人である。


 そんなナビゲーターは俺の横で泰然と歩を進めている。都市を出発して以後も別行動をとっていない。その答えは彼が首からぶら下げているモノにあった。


 「城塞都市に到着する前からそうしてギルドカードをぶら下げていれば、例の女魔法使いに襲われることも無かったのでは?」

 

 「ククク、貴様も気づいたか」


 何笑ってんのこいつ。というか歯白すぎだろ。セラミック治療済かおい。イケメン俳優と大差ないぞ。


 「我もアリアの検問に言われて気付いた次第だ。盲点だった。いやはや、我がうっかりとは珍しいこともある。ハハハ」


 「殴っていいですか」


 「なんで?」


 「笑顔がイラつくから」


 「理由酷過ぎるぞ」


 どうやらギルドカードを掲げていれば、たとえ魔物でも冒険者として扱われる都合、襲われることは滅多にないらしい。やはりギルドカードの効果は異常だ。


 「そういえば確認するのを忘れていたのですが、あなたは恋をした経験がありますか?」


 「な、な、な、なんだ。藪からスティックに」


 「いえ。女性を紹介する身として好みを知っておきたいと思いまして」


 という建前はありながら、純粋に聞いてみたいという思いが強い。


 「結論から言えば…………ある」


 「そうですか」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「終わり?」


 きょとん顔を晒している。


 「いえ、恋したことあるんだなぁと思って」


 「聞かんのか。内容を」


 「聞くか聞かないか、筋肉ルーレットいっときます?」


 「よく分からんがそれはいらん。もういい。勝手に話すぞ」


 うずうずしている。どうやら話すモードに入ってしまったようだ。


 「あれは我が18歳の頃だった――」


 「あ、すみませんが簡潔に話してほしいです」


 「…………」


 めちゃめちゃ不満顔を向けられた。


 「コホン……我が18歳の頃だ。旅先で上級魔物と遭遇してしまい、絶体絶命の危機に陥っていた。そこに颯爽と現れたのが初恋の君だ。名前は知らん。顔もそんなに特徴的でなかったゆえ、細部までは覚えておらん。だが口調と魔法だけはしかと記憶している。~ないわ、とか~なのよという語尾で火炎魔法を魔物に放ち、一瞬で消し炭にした。そして去り際に、『ここは坊やが来るところではないわ。すぐに去りなさい』と我に言って消えた。それが我の恋」


 「おお」


 なんと。先日遭遇した女魔法使いに惹かれたのは、外見ではなく口調だったようだ。それと魔法もか。


 つまりオークへの貢物は女言葉を話す火炎魔法使いが正解だろう。日本時代は前者だけでも絶滅危惧種だったがこの世界ではどうか。首都へ赴き実際に接してみないことには判断が付かない。


 「そうですか。それでもいい、それでもいいと思える恋だったんですね」


 「よく分からんが、そうだな。1人になるとよく考えてしまう。あの時、我が強かったらと。我に力があったら、あの女性の横で共に戦えたかもしれない。あの御方に必要とされる存在になれたかもしれない。ゆえに我は強くなることと決め、何とか中級魔物相手であれば戦えるまでになったというわけだ」


 「どの種族も強くなるキッカケは変わらないですね」


 しかしオークを助ける女性がいるとは驚きだ。無差別主義者か余程の変わり者か。どちらにしろ普通ではない。


 「ときにイケダ、貴様は恋をしたことがあるのか」


 「セックスの話ですか?」


 「違う!な、なんだそれは」


 「知らないのですか?男性の隆起したイチモツを女性の――」


 「ばか!知ってる。知っているわ。我が行ったのは恋とせ、せっく、すの関係性というか。そういうのだ」


 先程までの凛々しさは消え一瞬でしどろもどろになってしまった。人間族に下ネタで攻められるオークなんぞフィクションでも見たことが無い。


 ヤリチンが跋扈するオークの中で彼の純真さは貴重だ。


 今までお世話になったことも含めて、どうにか素晴らしい相手を紹介したいところである。

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