第43話 ダリヤ入国

 時たま獣人族とすれ違う以外は特に何もない時間が続く。彼と離れて正解だったのは確かだ。しかしながら少々心苦しくも思う。


 黙々と歩く。歩きながら考える。


 当座の危機は乗り越えた。ジークと行動を共にする限り死ぬことは無いだろう。


 ならば次にすることは何か。


 ハッキリ言ってしまえば思いつかない。セレスと出会ってからは彼女へ恩返しすることばかり考えていた。その思いは今も変わらない。しかし獣人国で刃傷沙汰を起こし逃亡の身である以上、彼女と再会できる可能性は限りなく低い。


 もちろん彼女から受けた恩は返す。確実に。しかしそれは"いつか"という次元の話であり、直近の指針を決めるモチベーションとはならない。


 どうしよう。俺はこれから何をすればいいんだ。


 「………………」


 やはり思いつかない。ならば発想を変えよう。何をするにもまずお金は必要だ。セレスへの恩返しも最終的には金銭授受となるだろう。ならばお金を稼ぐことに躊躇はない。


 折しも今向かっている先は商業国だ。名前からして金稼ぎの手段は多岐に渡るだろう。


 まずはひたすらにお金を稼ぐ。その間にジークに紹介できそうな女性を探す。


 とりあえずはこれでいこう。


 いずれは人生の目標とも言うべきものが見つかればいいのだが。



 

 ★★★★



 

 あっという間に5日が経過した。


 その間、魔物に襲われること8回。強面の牛男に恫喝されること1回。ヤク中のワニ男に絡まれること1回。羊おばさんに水晶の売り込みをされること1回。


 全てジークフリードが撃退した。颯爽と獣道から登場する姿は中々のダンディぶりだった。俺が雌オークだったら惚れていただろう。


 他方池田はというと、愛想笑いからの氷壁フル装備という相変わらずのヘタレっぷりを披露していた。20代半ばの成人男性としてその対応はどうなのだと思わないでもない。


 そんなこんなで旅を続けた俺達はようやく目当ての場所へと辿り着いた。


 「あれがダリヤ商業国の入口ですか」


 少し進んだところに大きな建物が確認できる。外観から憶えるに検問所というよりは砦に近い。規模は計り知れないが、東京ドーム何個分かありそうだ。ふぁんたじー。


 建物の入り口には軽装の男性2人が仁王立ちしている。それぞれ右手に槍形状の武器を装備しているあたり、彼らが検問の役目を担っているに違いない。


 「さて、どうします。このまま普通に行ってみましょうか」


 ……………………


 そうか。


 忘れていた。彼とは日中別行動中だった。今も近隣の森に身を潜めているのだろう。


 呼ぶか。


 「ん?う、うわ、オーク!」


 検問の一方が叫んだ。彼の目前には見慣れた緑色の物体が佇んでいる。どうやらフライング入場審査にチャレンジしたようだ。


 「な、仲間は……いない。もしかしてこいつ、はぐれオークか」


 「つ、ついに上級魔物がここを襲撃してきたか!」


 「お、お、おい、ここは俺が食い止める。だからお前は他の奴らを呼んで来い!」


 「い、いやしかし!」


 「いいから行け!!」


 「………くそっ!」


 なにやら熱い友情を繰り広げている模様。果たして第三者から見ると滑稽で仕方ないが、彼らからすれば本気なのだろう。


 ひとまず無害であることを知らせるために一歩踏み出す。それと同タイミングでオークが何かを取り出し2人へ提示した。


 「んぉ!……………ん、いや、これは」


 すわ攻撃かと思い反射的に閉眼した検問だったが、恐る恐る目を開けたところ、何か予想外の発見をしたようだ。


 「これは、ギルドカードか」


 「そうだ。こちらを提示すれば通行許可が下りるはずだ」


 「うわ、しゃべった」


 「た、確かにギルドカードを提示すれば通すことは出来るが………」


 「なんだ。駄目なのか」


 「いや。そのギルドカード、見せてもらえるか」


 「ああ」


 オークが検問にギルドカードを差し出す。男は恐る恐るといった様子でカードを受け取り目を落した。


 「………………間違いない。本物だ。しかし、どのようにして取得したのだ」


 「紅魔族領のギルドだ」


 「あぁなるほど。あそこならば、そうか」


 どうやら得心がいった様子だ。


 恐らく紅魔族領では魔物でもギルドカードが取得しやすい状況にあるのだろう。そして1度取得してしまえば万国共通で使用できるようだ。身分証明書としてはかなり強力と言える。身分を確定させるためにも早急に取得する必要がありそうだ。


 「どうなのだ。通っていいのか」


 「あ、ああ。問題ない、通行を許可しよう。ただ1つだけ注意させていただく。このギルドカードは他人から見える箇所で管理すべきだ。でないと野生のオークだと判断されて襲われかねない」


 優しいヒトだ。以前に遭遇した人間族の魔法少女はオークに敵意むき出しだった。他方で目の前の男性は差別や侮蔑する様子もない。どうやら人間族の全てがオークを忌み嫌っているわけではなさそうだ。


 「承知した。忠告感謝する」


 「あ、ああ」


 「それと。あそこで呆けている男も同伴するぞ」


 俺を指さすお豚さん。


 「貴殿のギルドランクであれば大丈夫だ。通行を許可する」


 「うむ。イケダ行くぞ」


 「あ、はい」


 ようやく硬直から抜け出す。結局オークの彼に救われた形になってしまった。


 「ありがとうございます」


 「礼は不要。そんなことよりニンゲンの女性を調達する話、忘れていまいな?」


 「へへへ」


 「おい。不安にさせる笑い方をするな」


 こうして商業国ダリヤへの入国を果たした。

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