第42話 え、え、え

 「ちょっと」


 女魔法使いとの遭遇戦から数時間後。


 彼女の追撃を考慮した結果、舗装された道から再び鬱蒼した森への帰還を果たした我らは周囲の索敵もそこそこに相対していた。


 「ちょっとオークさん」


 「なんだ」


 「私の胸中は既に察しているでしょう?」


 「ああ。先程はすまなかった」


 どうやらきちんと伝わっている模様。


 「ブサイクと言ったが、前言を撤回させてもらう。オークの中であれば上位を狙える容貌に違いない。雌オーク共も貴様に限っては存分に可愛がってくれるだろう」


 「………………」


 微塵も伝わっていなかった。いやそちらの案件も気に掛るところではあるのだけれども。


 「舗装された道では人間や獣人に遭遇すると言っていましたね。ではその後の展開は予想できなかったのですか?」


 「というと」


 「同所で戦闘が始まるケースです」


 「……うむ」


 「うむじゃねえよくそ豚が」


 「え」


 ここは俄然責めさせて頂く。彼に非があるのは明らかだ。


 「自身が、というかオーク族が他者から嫌悪されている事実を知らないとは言わせませんよ」


 「いや違うのだ。聞いてくれ」


 「あなたのせいで危うく私もあの女魔法使いに殺されそうになりました」


 「それにしては余裕そうに見えたが」


 「あれでしょう、マッチポンプというやつ。自ら危険な状況を作り、自らその状況を打開する。そうして周囲の信頼を得ていく。その行いは浅慮が過ぎるというものです」


 「だから我の話を聞け」


 「どうぞ」


 「うむ。普通の――」


 「しゃべんな口くせえ」


 「……………」


 口元に手を当ててハァハァしている。どうやら口臭が気になる様子。


 「すみません、言い過ぎました。実際は臭くないので大丈夫ですよ」


 知り合いに口臭のこと言われた時の絶望感ったら無い。教えてくれてありがとうと思う反面、話すとき常に臭かったんだという二律背反の複雑な感情を持て余す。伝えた方も伝えられた方も不幸になるやつ。マイナス面の身体的特徴を話題とするのは出来るだけ避けるべきだろう。


 「そうか。安心していいのか分からんがひとまず捨て置く。我の話を聞いてくれるか」


 「はい」


 オークがようやく話し出す。


 「一般的な人間族や獣人族であれば我を見た瞬間逃げ出す。先ほど会った女性が稀有なだけだ」


 「逃げ出すというのは生理的な問題でしょうか」


 「否。オークは通常、集団で行動する。そうしなければすぐに冒険者や魔物に淘汰されてしまうからだ。それゆえ単体オークは魔物ヒエラルキーの低層に位置する。しかし稀に単独で行動するオークが存在する。それがはぐれオークだ。はぐれオークは単独で動ける力を有しているため、他のオークよりも脅威と認識されている。どの種族もよほど自信がない限りはぐれオークとの戦闘は回避する。つまり我を見た瞬間に逃げ出すというわけだ」


 「ということは女魔法使いの方が異常だったと」


 「うむ。人間族に襲われた経験は少なくないが、あそこまで好戦的なのは初めてだ。何かオークとの因縁があるやもしれん」


 毒牙に掛かった経験でもあるのだろうか。であれば憎悪むき出しだったのも頷ける。


 「そうですか。ところで少し話を戻しますが、私と行動を共にしている時点ではぐれオークの概念から外れていませんか?」


 「あ」


 あて。


 あて言うなよ。


 「お、お、同じことよ。人間族と行動しているオークなど世界を探しても我くらいだ。周囲からは奇異に映り、それがまた忌避感を生み出すだろう」


 こいつもああ言えばこう言うな。沈黙の君を思い出させるんじゃないよ。


 「いずれにしても歩道へ戻るのは避けるべきでしょうね。あなたは」


 「そうだな。無用の戦いは避けるべき…………あなたは?」


 「古来より生物は己が生活に合わせて行動範囲を限定してきました。魚は海に、鳥は空に」


 「何が言いたい」


 「ヒトは人の手で舗装された道路を通る。魔物は獣の集う森路を通る。当然の帰結と言えます」


 「んなっ」


 驚愕の表情を浮かべるオーク。アニメなら背後にガガーンというテロップが流れただろう。


 「わ、ご、護衛だぞ。我は。貴様の。対象から離れる護衛がいるものか」


 「歩道は魔物の出現率が低いでしょう。万が一魔物の襲来があっても自衛するだけなら問題ありません。私が耐えている間に獣道から颯爽と躍り出て魔物を倒して頂ければと思います」


 「な、な、な、納得いかん!」


 今度は憤慨する。感情表現が豊かなオークだ。


 例の彼女とは対照的だ。あぁ、また思い出してしまった。会いたい。


 「こちらの台詞です。そもそも先程の話だと人間や獣人の恐怖対象と行動を共にしている私は周囲にどう映るでしょう。オークの従者?男娼?裏切り者?いずれにせよ真面ではありません」


 「別に良いではないか。世間の眼、周囲の眼と言うが、貴様が言うほど周りは貴様を見ていないぞ。自意識過剰とはまさに貴様の事だ」


 「だからオークも歩道を歩いても問題ないと?」


 「うむ。我は何も悪いことをしていない。堂々としていれば意外と声はかけられんものよ」


 「先程の魔法使いは?」


 「何事にも例外はある」


 「ということは私と出会う前も普通に歩道を歩いていたのですか?」


 「そんな怖い真似できるか。いつ人間に襲われるか分からんのだぞ」


 「は?」


 「え」


 「いや。えじゃないよ」


 「え」


 「こっちの台詞だから」


 「え。え」


 「オークが歩道を歩いても問題ないって言いましたよね?」


 「え、え、え」


 「なに。結局獣道を進むでいいの?」


 「うん」


 「何なんだよお前」


 わけが分からない。会話が通じていないんじゃないかと思うほど難解な展開だ。記憶障害にも程があるだろう。それともワザとやっているのだろうか。


 



 最終的に。


 日中は俺が歩道、オークが獣道。夜は歩道と獣道の中間あたりで落ち合うこととなった。

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