第41話 Black Cyc
邪魔立てするために動き出そうとした最中。何処からか視線を感じた。
「………ウゥ」
オークの彼である。うつ伏せで首を上げた状態の彼と視線がぶつかった。パクパクと口を動かしている。
(こ、ろ、す、な)
「……………」
見間違いだろうか。同様の口パクを繰り返しているあたり見紛う要素も無さそうだ。
その状態になってまで彼女を優先するというのか。丸焼きにされかけたんだぞ。なんという人間愛だろう。ここまで思慮深いオークも滅多にいない。
「………」
いや待てよと。まさかとは思うがこのオーク、目の前の魔法使いに惚れたんじゃないだろうな。あり得る。大いにあり得ます。
いずれにせよ端から殺す気など無い。誰が人殺しを望むというのか。
「万物に宿りし炎よ、その身を一対の剣に――――」
と早くも詠唱を始めた女魔法使いに向けて。
「出でよ氷、アイスウォール」
それっぽい言葉と共に強度二分の一氷の壁四方向セットをプレゼントする。
「剣に………え?」
女は詠唱を中断し戸惑いの声を上げた。
「これって、氷?え、な、なんで」
周囲を氷壁に囲まれ身動きが取れないことに戸惑いの声を上げている。
自身を包む氷壁を消極的防衛力とするならば。敵を取り囲むアイスウォールは積極的防衛行動と言えよう。前々から試してみようと思っていたがなかなかどうして使えそうである。
狭い空間で杖を振り上げどうにか氷壁を破壊せしめようとしている女を尻目に、寝転がっているオークへ近づきそっと回復魔法をかける。
シュインと。
「…………お?おお。おお!」
爛れていた皮膚がジュクジュク音と共に徐々に落ち着きを取り戻し、まるで脱皮するかのように綺麗な緑色がゆっくりと形成されていく。これがスキルレベル10の回復魔法。十分だろう。
「歩けそうですか」
「う、うむ。まだ痛みはあるが」
顔をしかめながらも立ち上がる。
「では早速トンズラこきましょう。氷壁は5分も持ちませんから」
「うむ」
と言って彼はバックパックを背負おうとするが、思い直して脇に抱えたようだ。背中に痛みが残っているのだろう。
「ね、ねえ!なによこの氷は!くそ、この、か、硬い」
何度も杖で叩いているが、びくともしない。最低でも2人のジークフリード、訳して2ジーク程度の攻撃力が無ければ物理破壊は困難だろう。
彼女も同様の考えに至ったようで。
「くっ………万物に宿りし炎よ、その身を狩人となし、獲物を捕えよ。ファイヤーシャドー!」
杖から細長い炎が飛び出し空へ向かったかと思うと180度方向転換し、一転して壁の外側からアイスウォールへとぶち当たる。
「おお」
なるほど。内側からの魔法攻撃は自身をも巻き込みかねないと考えたのだろう。機転が利く。流石だ。
「なっ…………」
しかし氷壁は想像を上回る。その程度の炎では溶けるはずもない。
「行きましょう」
「うむ」
オークを促してギャアギャア喚く魔法使いの横を通り過ぎる。
歩みを進めながらも彼女をチラチラ見るお豚さん。まさか本当に惚れているのだろうか。とはいえ今は緊急事態。叶わぬ恋を支援する余裕はない。
「追いつかれるのは面倒ですから少し走りましょう。いけますか」
「うむ。大分火傷の痛みが緩和された。全力疾走は無理であろうが大丈夫だ」
「では行きましょう」
「ちょ、ちょっと!逃げるつもり!?この氷はどうするのよ!」
「いずれ溶けます」
「なっ………な、なんで人間のあなたがオークの味方をするの!?そいつは、女とみれば誰彼構わず襲う野蛮人よ!生きてちゃいけない存在なのに!」
「個人の感想を押し付けないでください。あなたにとっては嫌悪の対象かもしれませんが、私には、いえ、今の私には必要な存在なのですよ」
「は?あなた………」
「ではそろそろ。さようなら」
「あ、ちょ」
魔法使いとの問答を断ち彼女から遠ざかることしばらく。最後の最後、こちらまで聞こえる程の大声で女は言い放った。
「こ、こ、こ、このブサイクーー!!!覚えておきなさいよ!!」
捨て台詞と呼ぶべき謂れのない誹謗中傷を。
「……………」
ブサイクて。
「ブサイク」
いやブサイクて。
振り返って詰問したくなる気持ちをグッと抑える。
態々ブサイクという形容動詞を使用するからには、この池田に対する雑言と捉えていいだろう。この世に生を受けて二十数年、これ程までに直接的な表現で容姿を非難されることがあっただろうか。
自分では不細工じゃないと思っている。まぁ中の中の上。いや中の上と言わせてほしい。上の下は言い過ぎだとしても、しかめ面されるほど醜い顔ではない、はずだ。
ただ1つ懸念があるとすれば、生まれてこの方カッコいいと言われた経験もないことだ。バランスいいよねとか悪くないよねはある。しかしイケメンだったりはない。
どうなんだ。俺はブサイクなのか。だからセレスからのアプローチも無かったのか。ブサイクだから。
おおお。
「あ、あの、ジークさん。自分って、ブサイク、ですか?」
呼吸を乱しながら問いかける。すると彼はチラッとこちらを一瞥した後、ランニングの足を止めずに口を開いた。
「あの女性に伝えていた内容もそうだが、貴様……我のこと好きすぎるだろう」
「いや」
こいつは何を勘違いしているんだ。確かに「私ってブスだよね…」と漏らして、可愛いという言葉を引き出すあざと女子はいらっしゃるけれども。
「すまんが我は女性しか愛せない。そーりー」
「違うのよ」
「多くの同胞は戯れに同性を犯すこともあったが我は――」
「いいからブサイクかブサイクじゃないかを言えよ」
「ブサイク」
「おまえ殺すぞ」
「なんで?」
人類の美醜に疎い蛮族に聞いた俺が馬鹿だった。
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