第39話 ニンゲンのメス
鬱蒼とした密林。太陽の光さえ満足に届かない鬱々たる空間。少し気を抜くと自身の立ち位置さえ見失ってしまう通称迷いの森。獣人国から出奔した直後に足を踏み入れた場所はそのようなダンジョンだった。
そんな森を3日足らずであっさりと抜けた。そう、あっさりと。
オークの手に掛ればこんなものらしい。以前の同行者はというと迷わずに進めた事がない程の方向音痴だった。空間把握能力は男性に軍配が上がると聞いたことがある。とはいえ何事も限度はあるだろう。彼女に至っては限界突破していてなお素知らぬ顔で池田よついてこい姿勢を崩さなかった。
今思い返してもよく首都ビーストまで辿り着けたものだ。高確率でお二人迷子エンドを迎えていただろうに。今となってはその方が良かったかもしれない。
森を抜けた後はある程度舗装された道を進んでいる。舗装とは言っても無造作に砂利が敷かれているのみだ。コンクリートやアスファルトといった数世紀先の高尚物は期待できない。ふぁんたじーとしては正解だろう。
しばらく無言のままトコトコと歩き続けていたが、そんな空間を嫌ってか彼が唐突に話し出した。
「この道をまっすぐ行けばダリヤ商業国へ着く」
「おお」
これはゴールが近そうだ。先導者がオークであれば猶更である。他方例の彼女ではここから数回近隣の森へ謎の突貫を果たした後、何十日かの遅れを経て到着といった流れだろう。それでもなお平然とした表情を浮かべる姿まで想像に難くない。自分は悪くない的なときの彼女は魅力にあふれている。
「先日の森と異なり、現時点から獣人はもちろんのことニンゲンとも遭遇する可能性が非常に高くなる。だからどうというわけではないが、気には留めておいてくれ」
「はい」
よくよく思い返すとこの世界で人間族と遭遇した経験はない。ない?
いや、あった。
紅魔族領でひと悶着あったレニウス帝国の騎士シリウス。非モブ的な輝きを感じたため記憶に新しい。まさか彼までも人間を辞めている可能性を否定できないが、少なくとも神聖帝国の騎士団長様だ。何某か人間に近いソレだろう。
「自分は大丈夫だと思いますが、貴方は―――」
と、彼へ話しかけた最中。
前方からボトッと。何かを落としたような音が聞こえた。すわ魔物かと適当な構えを取ったところ、予想とはかけ離れた存在がそこにあった。
人間のメスである。
女性というにはまだ幼さが残っている。とはいえ十分美人と言える容貌をお持ちのようだ。ザ・魔法使いさながらの衣服を身に纏っており、体躯に似合わないハットが実にチャーミングである。全身群青色のコーディネートだ。
もう1度お顔を確かめる。眼、眉あたりから強気な性格が伺える。それでいて笑顔はとても愛らしいところまで想像できた。俺の見立てではツンデレとか言う部類に入りそうだ。
魔法使いの女性は杖を落とした態勢のまま驚愕の表情で我らを刮目していた。
わなわなと震える唇からやおら言葉が放たれた。
「な、お、お、オークがなぜこんなところに!?」
「…………」
やはり。
こういう展開となるのか。
何を平然と喚起を促しているかと思えば、一番注意しなければいけなかったのが自分だったとか笑えない。オークが人類から好かれているはずがないと言うのに。さらには女性が嫌いな魔物ランキングでゴブリンとワンツーフィニッシュを決めるくらいなのだ。舗装された道を歩くなど自殺行為だろう。バックパッカー時代に承知してほしかった。
「……はっ!」
驚愕から一転、女性は落とした杖を拾いつつそのまま構える。魔法発射体制は万端といったところだ。
対してこちらは未だ無手。オークさえもいつもの片手剣スタイルを控えている。
「おいイケダ」
「はい」
「目の前の女性は我に敵愾心を抱いているようだ。だが我は出来うる限り人類の殺生は避けたい所存だ。あとは分かるな?」
「気絶させて陵辱ですね。ありがとうございます」
「なぜ感謝?いや違う。以前から言っているが我は和姦専門だ」
相変わらず容姿とかけ離れた言動をする男だ。まさかオークの口から和姦の言葉が出るとは思うまい。あと専門ってなんだ。それを言うなら人類の9割以上が和姦専門だろうに。
「否。否。逃げるぞ」
「逃がさないわ!ここで消し炭にしてあげるっ」
口調までもツンデレっぽい。普通に「ツンデレ」と使用しているが、まぁまぁ死語だろう。今はなんと表現するのかな。
「っ!」
オークが一転、女性のもとへ走り出す。どうやらここに至っての逃亡は無理と判断したようだ。彼女が魔法を放つ前に脅威を無効化する算段だろうか。
他方池田は自身の周囲に視覚出来ぬほどの薄い氷壁を構築する。極薄というやつ。それでいながら強度は四分の一を誇る。
オークが女性に迫る。その疾走たるや凌辱キャラが先駆けの如し。誰にもこの立ち位置を譲らねえという思いが如実に表れている。
残り距離10m程に到達したところで。
「万物に宿りし炎よ、その身に満開の花を咲かせよ。フレイムシャワー!」
やはり魔法使いだったようだ。瞬間、オークの頭上から火の雨が降り注ぐ。
「ちょ」
慌てて彼の頭の上へ氷魔法を形成しようとするが一足遅く。
「この程度の魔法、どうということは……んなっ!?ぐぉぉぉぉおおお!!!!」
余裕綽々の態度は無残にも打ち砕かれる。火の雨に直撃した瞬間に悶え転げ始めた。ゴロゴロ、ゴロゴロ。身体中を火の粉で焼かれながらも、顔だけは己が両手で守っている。
そこなのかお前は。守るところはそこでいいのか。
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