第36話 昨日の敵

 「…………」


 何ともならなそうです。


 すでにあたりは夜の帳が下りようしている。だのに俺の手元には何もない。道中見掛けたのは赤々とした木の実(毒)、鹿っぽい生き物の死骸(腐)、ヒト形状の何か(謎)等々であり決して口に含めそうなモノは無かった。


 そんな中1つだけ朗報があるとすれば、水問題に関しては解決したことだ。


 氷魔法で生成したピンポン玉ほどの氷を口に含む。これで水分を補給できるようになった。外国の生水よろしく腹を下す可能性は無きにしも非ずだが、セレスの水魔法は無問題だったため大丈夫であろうと。そう思い込むこととした。


 しかし未だ食糧問題は解決していない。


 食べられそうなモノはないわ怖そうな魔物は散見されるわ。何なんだこの森は。レベル1の冒険初心者が迷い込んでいいダンジョンではない。


 こんな状況だからこそもう1つの問題が浮上した。睡眠中の安全はどのように確保するかだ。


 昨夜まではセレスの隠蔽魔法があり、森の中でもグッスリと眠ることができた。だが今後はそうもいかない。


 身体を休めているときに魔物に襲われる事態は避けたい。とは言え何日も徹夜を続けるのは現実的に困難だ。回復魔法で癒せるのは身体だけ。気力までは回復できない。


 しかしこれといった解決案が浮かばない。四六時中、氷の壁を四方に形成して魔物の侵入を防ぐことも考えた。だが現状の氷魔法は5分程度の持続力だ。つまりは就寝中に氷壁を張り続けることは不可能。


 これは詰んだかもしれない。


 ドラゴンをクエストするゲームで例えるならば。最初の村を出た瞬間に一つ目巨人の魔物30体から襲撃を受ける感じか。あっという間に棺桶直行。


 「……はぁ」


 近くにあった大石の上に腰を下ろす。


 はぁー。疲れた。


 あー。


 んー。


 ん。


 ん?


 「……………」


 鼻が何かの匂いをキャッチした。何とも言えない良い香りだ。


 一時的とはいえ思考停止に陥った俺は警戒心の欠片もなく、ただただ空腹を満たしたいがためにその匂いに引き寄せられていく。


 歩く。歩く。木々をかき分けて歩く。


 50m程度歩いただろうか。


 視界が開けるとそこには、ちょっとした空間でたき火をしている生き物がいた。


 その生き物がこんがり焼けた何かを食している。良い匂いの出所はあれか。


 「……………」


 彼は。見たことがある。拝見すること1回、拝聴すること2回、ストーカー被害1回。


 君の名は。


 「ジークフリード」


 と呟いた直後、当の本人がこちらに視線を移し。


 「……フッ」


 ニヤリと笑った。


 「………」


 なに。なんだあいつ。ちょーむかつくんですけど。ちょべりばかよ。


 「ククク、ニンゲンヨ。ナンノヨウダ」


 「…………」


 「ククク」


 「…………」


 「クハーハッハッハ!!」

 

 「…………」


 「なんか喋れよ」


 「いや普通に話せるんかい」


 思わずツッコんでしまった。外国人キャラよろしく魔物特有の片言がすっかり消え失せて饒舌になったではないか。メチャメチャ聞きやすい。


 とりあえず普通に話が出来そうなので質問してみよう。


 「なぜここに?」


 「貴様とあの小娘に復讐するためだ」


 「復讐……ああ」


 「ああて。印象薄そうだな」


 「すみません」


 「謝らなくてもよいが」


 反射的に謝ってしまったがそれさえもいらないと言われた。中々に紳士的な態度のオークである。むしろ復讐相手にその言動はどうかと思う。


 「つまり私達を尾行していたのも復讐の機会を伺っていたということですか」


 「そうよ。首都ビーストに到着し油断しているところを狙ったのだ。だがなぜか貴様らは入国できて我は為し得なかった。おそらくは国を挙げて魔物排他を推奨しているのだろう。ゆえに人族の貴様らは是で我は否だった。実に嘆かわしいことだ」


 言葉遣いから察するにある程度の知能は期待できそうである。金銭の概念もありそうだ。となると門兵との会話で何らかの誤解が発生したのだろう。残念なお豚さんだ。


 「仕方がないゆえ貴様らが首都ビーストから現れるまで待機しようと諦めた最中、貴様が単身出都したのを目撃してな。こうして追いかけてきたというわけよ」


 「はぁ」


 「即座に報復しようと思ったが、何やら挙動が不審だったのでな。少々観察することにした。で、把握した。貴様…あの娘にフられて勢いそのまま首都ビーストを飛び出しおったな?」


 「えーと」


 当たらずとも遠からずといったところ。フッたフラれたということはないが彼女と離れ離れになってしまったのは事実だ。思い出したらまた寂しくなってきた。


 「だとしたらどうします?」


 「どうする、か。正直、貴様の情けない後姿を見てしまっては殺す気が失せた」


 「え」


 失せたんだ。好都合、なのだろうか。


 「同時に気づいたことがある。魔物との戦闘を避けるあたり、貴様攻撃魔法が使えんな?さらにその身体ではまともに剣さえ振ったことも無いだろう。つまりは我が殺さずともこの森に殺されよう。我は貴様の死を見届けた後、あの小娘のいる首都ビーストへ戻り、小娘に復讐する」


 「はぁ」


 なるほど。


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