優しき同行豚
第35話 始まりの森
昔の偉人は言った。人生が分かるのは逆境のときだと。逆境でこそ真価が問われ、その人の本質が如実に表れる。
「……………」
今の池田はこう思う。人生とかどうでもいいからこの瞬間を正しい方向へ導く何かが欲しいと。
ここはどこなのか。これからどうするのか。食料や水はどうやって確保すればいいのか。どこへ向かえばいいのか。追手はないのか。自分のしたことは正しかったのか。あれは最善だったか。
考えることが多すぎて、というよりはセレスとの別れが衝撃的過ぎて頭がパンクしている。
盲目が完治してこれからという時だった。なぜあのタイミングで好色ブルドッグ伯爵が登場してしまったのか。避ける隙が無い強制イベントだった。
彼と出会った以上無傷では済まされなかった。だからこの身を犠牲にした。果たしてそれは正解だったのか。他に道はなかったか。
「はぁ……」
少なくともこうしてグジグジ悩んでいる以上は満点回答足りえなかったということだろう。いくつになっても後悔ばかりが自分を責め立ててくる。そしてそういうことに限って脳に記憶され何度も何度もリフレインされるのだ。
ままならない。本当に。
「ふぅー………よし、切り替えよう」
そんな簡単に切り替えられやしない。だがこのまま立ち止まってもいられない。まずは言葉に出して少しずつでも動き出さなければ。
「とりあえずは、なんだ」
単身この環境で生きなければいけない。
生き残るためには何が必要だ。
食料と水。
そうだな。
よし。
まずは食料と水を探そう。
★★★★
獣人国首都ビーストからおおよそ十数キロ離れた森の中。
俺は歩く。黙々と歩く。食料と水を得るために。生きる糧を手に入れるために。ただただ歩くしかないのだ。
しかし何もない森だ。木の実のような食べられそうなモノは確認できない。動物とも遭遇しない。少々背の高い雑草と視界を覆う木々が延々と続いている。
ときたま紅魔族領で耳にした唸り声のようなものが聞こえる。察するに魔物はいるようだ。魔物も食べられるはずだが流石に生では難しい。そして火をつける手段はない。
とりま食べ物と水が欲しい。生きるために必要なのだ。この世界に召喚されて以後、万能娘の恩恵に預かることで食事に苦労することはなかった。そのため不安は募るばかり。あぁ、セレスの家庭料理が懐かしい。
歩く。歩く。
何もない。
歩く。歩く。草木を踏みつけながら進む。
「……お」
初めて木の実発見。見た目は桑の実だ。一粒口の中に入れてみる。
「ぐはっ」
即座に吐き出す。ゲロまずい。収集は諦める。
歩く。歩く。
何もない。
歩く。歩く。ただひたすらに。
「………お」
初めて生物を発見。前方50m先くらいに佇んでいる。この距離でも分かる程度の危険なオーラを纏った鬼のような生き物が棍棒を携えている。
「……」
あれは絶対に魔物。しかも上位ランカーと予想する。
咄嗟に木陰に身を隠す。納期が遅れに遅れて部下に実現不可能な工数の仕事を振ってくるプロマネよりも迫力がある。つまり立ち向かってはいけない相手だ。
「…………?」
魔物が振り向いた気配がした。見えていないだろう、見えていないはずだ。
………………………
………………
………
数十分後。
恐る恐る、木陰から顔だけ出す。魔物がいるであろう方向を見てみる。
「……………」
いない。
いないな、よし。
「ふぅ………」
木に背中を預けつつ腰をズリズリ下ろす。疲れた。
隠れてジッと待っていただけでこれ程の疲労感を得たのだ。万が一戦うことになっていたらどうなったか。
分からない。そう思える程には氷魔法を信頼している。だが魔法の威力と反比例して俺の心は薄志弱行だ。真面に戦えるとは思えない。
そうだ、出来うる限り危ない橋は避けたい。どの世界でも命は1つしかないのだから。
今後は勝てそうな魔物であれば堂々と逃げる。負けそうであればこっそりと逃げる。
これでいこう。
「……よし」
気合を入れ直す。もう守ってくれる人はいない。
今思うと先日まではベリーイージーモードだった。それで今はハードモード。
今この時から本来の異世界が始まると思うと、足ガクガク腕ブルブル全身鳥肌状態となりそうだ。とはいえ池田には神からのギフト氷魔法がある。豆腐メンタルだとしても何とかなるだろう。プラシーボで乗り切ろう。
自分を騙し騙し再び歩き出す。
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