第34話 孤独の再会

 トランス家。


 それは紅魔族の中でも名声の高い家系であった。


 トランス家が令聞令望たる所以は大きく分けて2つある。


 1つは魔法に長けていること。中でも闇魔法は紅魔族随一であり他の追随を許さない。ダークワールド、ナイトメア、隠蔽、収納と、攻撃魔法から生活魔法まで多岐に渡る魔法を操るトランス家は、紅魔族の皇族だけでなく、人間の国王までその存在を欲した。


 もう1つは変態族であること。トランス家の初代当主はたいへん容姿の整った男であった。彼の顔があまりに美し過ぎたため、近付く女は皆顔目当てだった。中には彼の中身に惹かれた女性も存在しただろうが、大事な点は彼がそのような思い込みをした事にある。その結果、性格の不一致を理由に何度も結婚離婚を繰り返した。そこで初代当主は子孫達が自分と同じような失敗を犯さぬよう、長年の研究の末にある永続魔法を生み出し、自身の子供へ試みた。


 それが闇魔法トランスフォーメーション。


 その当時成人とされた20歳になるまでは仮の姿を維持する。20歳を迎えた途端に真の姿、いわゆる容姿端麗に戻る魔法。それが子孫代々まで受け継がれることになる、永続魔法トランスフォーメーション。


 初代当主の狙いは明白だった。仮の姿――いわゆる地味な見た目――を好いた者こそが結婚相手としてふさわしく、また自身と同じような美貌を持つであろう子孫達の契り人として申し分ない。ある意味有難迷惑で厄介な魔法を生み出した当の本人は、自身の魔法が迎える結末を見届けぬままこの世を去った。


 そして子供達、そのまた子供達は初代当主の願いを聞き届けるかのように、良縁に恵まれた。初代以降一度も離縁することなく家系は続いた。


 そうして初代から数世代を経た後、この世に生を見出したのがセレスティナ・トランスであった。


 セレスティナは赤子の頃から泣かない子であり、また感情表現の起伏も少なかった。とはいえ長年待ち望んだ1人娘であり、両親は大層可愛がった。


 セレスティナは3歳で闇魔法、5歳で火魔法、7歳で水魔法を習得するという鬼才ぶりを発揮した。また身のこなしも非凡な才を見せ、両親を何度も驚かせた。


 ただし相変わらず無口であり、両親以外の者とは積極的に関わろうとしない部分に将来への不安を予感させた。


 そんなセレスティナが10歳になった頃、トランス家に転機が訪れた。


 隣国のレニウス帝国と戦争が始まり、その戦争に両親が駆り出されたのだ。


 戦争のきっかけは些細なことだった。いわく、紅魔族がレニウス領で狼藉を働いたとか。いわく、レニウスの騎士が紅魔族領における訓練中に誤って紅魔族の者を手にかけたとか。


 そんな戦争で両親は命を落とした。敗戦の最中、味方を撤退させるために殿を務めた結果だった。そもそもセレスティナの両親は自ら戦争に参加したわけではなく、紅魔族の皇族に懇願されてしぶしぶ参戦した口だった。セレスティナの下に戻ってきたのは、母親の髪留めと父親の魔法書のみであった。


 そこからセレスティナは、両親と暮らしていた家で1人で生活することとなった。


 食べ物に関しては母親が世話をしていた畑があり、また父親から狩猟を教わっていたため、苦労という程の苦労はしなかった。水も魔法で賄える。生活必需品は歩いて7日のところにある魔族の街で揃えることができた。


 最初の頃は勝手も分からず戸惑うことも多かったが、1年もすれば両親と暮らしていたころの生活水準を取り戻していた。


 生活に余裕が出てきたセレスティナだったが、狩猟や買い物以外で外出することは滅多に無く、決して自ら他の魔族と関わりを持とうとしなかった。


 間接的にであるが大好きだった両親を殺した魔族に憎悪感、嫌悪感を抱いていたのは否めない。だが魔族にとって戦いで死ぬことは珍しくない。そういった意味合いではセレスティナも、悲しみを抱えつつ両親の死は受け止めていた。


 セレスティナが他人と関わらなかった理由。それは言わずもがな、元来の気質によるものだった。


 静かな空間が好き。1人が好き。生まれながらの孤高な性格は両親以外との交流を積極的に阻んでいた。


 ただし10になるまで両親と共に暮らしていたという事実は存在している。人の温かみを知っていたセレスティナは、孤独に心を癒されながら、ふとした瞬間に強烈な寂しさを感じることも少なくなかった。


 そうして自分でも分からない感情に揺れながら、10年近くの歳月が経ち。


 1人の男と出会った。




 ★★★★




 セレスティナは砕け散った氷壁の前で佇んでいた。時間をかけ過ぎてしまった。もう彼の背中は見えない。

 

 つい数分前まで賑わっていた大通り。今となっては怒号と悲鳴が飛び交っている。


 全ては彼が招いた事態だが、根本の原因は自身にあることに気づいていた。


 「………………」


 右手を見つめる。離さなければよかった。離しては駄目だった。もはや数分前の暖かさは存在しない。


 

 そうしてセレスティナは。


 再び孤独となった。

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