第31話 A Whole New World
瞼を開けた。
「…………」
暗い。
目の前には暗闇が広がっている。昨日と変わらない世界がそこにはあった。
「…………………」
そうか。ダメだったか。
少しずつ絶望が心を侵食していく。またこの暗闇の世界で生きていかなければならない。花も木も建物も人も何もかもが真っ黒な世界で。
いや。
いやいや。悲観的になっても仕方がない。悲劇の主人公を気取る歳でもないだろう。
人生は挫折と妥協の連続だが、今回に限っては全ての可能性が潰えたわけではない。俺の回復魔法をパワーアップさせる、他国の強力な魔導士を探す、トランス家のルーツを巡る等々。やれることはまだある。それで考えうる手段が無くなったとき、初めて絶望すればいい。
どうやら旅の終着点はまだまだ先のようだ。
などと思っていたら。
「うおっ」
ブワーっと。
視界が真っ白になった。
なんだホワイトアウト現象かと、冬の北海道旅行で無念の立往生を食らった時分を思い出しながらも、徐々に光が収束していく。ボンヤリとだが何かが見える。あやふやだった輪郭が徐々に形を成していく。
そして。
世界は色を取り戻した。
★★★★
「………………」
「ふぅ、どうだ。見えるか」
何度か瞬きを繰り返す。初めは薄ぼんやりとしていた風景が徐々に輪郭を取り戻していく。
「…………」
ハッキリと視界が回復して以後初めてピントが合った人物は、正面に座っている山羊女だった。白衣着用である。
「おい?聞こえているか」
どうしよう。どうしたらいいのだろう。
全身の毛穴から驚愕と安堵と感動が溢れ出ている。こんなに気持ちを揺さぶられたのはベートーヴェンのクラシックコンサートを観賞して以来だ。約2ヶ月間悩まされ続けた盲目状態がやっと解消されたのだ。嬉しく思わないはずがない。
感情がヤバい。
どのくらいヤバいかというと、このまま裸で街中を駆け巡りたいと思ってしまうほどにはイっている。
なんだなんだおい。今の俺ならなんだってできそうだ。何でもできるんだよ、人間は。人間ってやつは。
あぁ、あぁ、あーーーー。
どうしよう。
やるか?
やるか。
やるしかないだろ。
そうだ。
走り出そうぜ。
「うぉぉぉぃおぉおおいおいおおいおいいういdふぃs!!!!」
「うわっ!」
いきなり奇声を発した俺に驚く山羊女を尻目に、立ち上がって出口へ向かおうとする。
さぁ冒険の始まりだ。
「…………………………」
ドアの前で足を止める。
「…………えーと」
知らない女と目が合う。
だれだこのヒト。看護師さんだろうか。それにしては服装が暗めだ。
一瞬にして現実に引き戻される。それは想定外の人物と邂逅したという事態もそうだが、何よりも彼女の見た目が普通ではなかったからだ。
身長160センチ台の半ばから少し上だろうか。年齢は18歳~23歳。紛れもなく女性である。ただ一般的ではない。
―――――銀色に近い灰の長髪は一見無造作に伸びているように見えるがサラサラつやつやであり、毛先はフワフワっとしている。服装は魔法使い版ゴスロリ服のようなものを着ており、洗練された貴族の娘のように見える。スタイルも素晴らしく胸の膨らみは中々のものであり手足はほっそりとしているが肉付きが悪いというほどでもない。極めつけは容姿で規格外という表現が思い浮かぶほどのクオリティと言っていい。純白の下地に眉毛は薄めであるが整っており目は少し眠たそうな綺麗な二重。鼻は程よく高く、唇は綺麗な形をしている。
要するに超絶美人さんである。
「……………」
いや。うーん。
初対面であるのは間違いない。だが服装や髪色が1人の女性を示唆している。
しかしそんなことがありえるだろうか。あり得るかあり得ないかと言われたら、こんな世界だから無くもないと言ってしまえる。だが飲み込めるか飲み込めないかと言われたら、全く飲み込むことが出来ない。
目の前の女性が"彼女"だとして。なぜこうなったのか考えてみよう。思い当たる節はあるだろうか。
「……………」
変態族。
そして成人を迎えるというキーワード。
「あ」
えぇ。
うそでしょ?
「いやいや」
明らかにおかしい。身長も伸びてるし体型もすらっとしてるしなにより美人さんになっている。
変態族とは、変態とは。SM的な意味ではなく言葉通りだったとでも言うのか。
まさか20歳の誕生日を機に容姿が一変するとは夢にも思うまい。
「目、治ったの?」
「あ、あ?あ、あ、はい。治りました。いや、っていうか貴女は」
「じゃあ行こう」
「え、はい」
目茶目茶出鼻を挫かれた影響で絶賛混乱中ではあるが、何とか受け答えを続ける。
「おい患者。徐々に目を慣らしていくんだぞ。いきなり太陽など直視してみろ。またしばらくおしゃかになるかもしれんからな。十分気を付けろよ」
山羊女の存在を忘れていた。そうだ、この人は眼の恩人だ。
「あぁ、はい。ありがとうございました」
「仕事だからな。お大事に」
もう1度頭を下げた後、彼女に連れられ総合受付に向かう。歩き出しと共に右手にはほのかな感触が伝わる。
まだ手は繋いでくれるらしい。
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