第30話 暗闇の中の光
「ああ、それだったら教会だな。地図描いてやるよ」
宿の主人に治療師の居場所を聞くと、このような答えが返ってきた。
ちなみに宿は昼食・朝食付いておひとり様6000ペニーだった。ベア村と比べると倍近くの値段だ。それでも日本の都会程ではない。六大都市なんて繁忙期だと最低金額1万円がザラだ。
「治療費の相場はどの程度なのでしょう」
「症状の重さによるだろうな。兄さんの状態異常:暗闇程度なら、1万ペニーくらいか」
高いな。保険制度が存在しないからだろうか。
しかも一般的な状態異常:暗闇で1万だろう。であれば低級の回復魔法で解消できない暗闇は何万ペニー要するのか。
「ほいっと。書き上がったぜ。ほら」
「うん。ありがとう」
「ありがとうございます」
「お客様だからな。この程度ならいくらでもしてやるよ」
本当にありがたい。目が見えないことも影響しているのか、人の優しさが沁みる。
「じゃ、行く」
「おう。気を付けてな」
★★★★
セレスには珍しくスムーズに教会へ到着する。地図が分かり易かったのだろうか。だが相変わらず視線はつきまとっていた。本当に何なのだろう。
教会。外観も内観もセレスに確認していないため不明。ただ気のせいだろうか、建物へ入った直後に病院で嗅いだ事のある匂いが鼻孔をくすぐった。消毒液類がこの世界にも存在するのだろう。
「はい、番号札36番でお待ちの方」
この教会というところは、まず受付窓口がありそこで自身の症状を受付の人に伝える。その後、症状の重みによって治療師のところへ案内され治療、清算という流れらしい。治療師にはAからFまでのランクがあり、最も症状が重いと判断された場合はAの治療師、最も軽いとされた場合はFの治療師から治療を受けるそうだ。入口でいらっしゃいませをしていた女性がベラベラと話してくれた。治療の流れは総合病院を彷彿とさせる。
「行く」
「はい」
手持ちの番号札が呼ばれたので受付に行く。
「今回治療を受ける方は、そちらの男性でお間違いないですね」
「うん」
「お名前と症状を教えてください」
「えー、名前は池田貴志。症状は暗闇です。状態異常の」
受付のお姉さんもしくはおばさんがサラサラと何かを書いている模様。
「発症したのはいつ頃ですか」
「1ヶ月以上前です」
「………はい?」
当然の反応だ。
「えー、確認させていただきますが、状態異常の暗闇をひと月以上前から患っているのですか」
「はい」
「物理的な接触によるものではなく、本当に状態異常なのですね?」
「はい」
「そうですか。少々お待ちください」
受付嬢の気配が去っていく。
「……………」
「……………」
「……………」
「………大丈夫ですかね」
「……………大丈夫。きっと」
その後数分待たされて、受付の人が戻ってきた。
「大変お待たせしました。左手にある扉群から、左から1番目にあるAのお部屋へどうぞ」
「はい、分かりました」
Aか。最高ランクかよ。これで治らなかったら後がないな。
「大丈夫」
手をギュッと握ってくれる。
そうだな。
大丈夫だ。
★★★★
部屋に入り木製の椅子に座る。どうやらAの部屋は患者数が一番少ないらしくすんなりと診察室に通された。
「状態異常:暗闇で間違いないな」
正面から話しかけられる。声からして女医だ。
女医。良い響きだ。
「はい、そうです」
「…………」
背後に立っているセレスは沈黙を保っている。
「発症したのは1か月前とか」
「ええ」
「何らかの対処を試みたか?」
「はい。回復魔法を試してみましたが駄目でした」
「そうか。回復魔法のランク不足という理由も考えられるが、そもそも暗闇効果は一定時間経過で自然治癒されるのが一般だ。余程強力な魔法を被ったのだろうな」
「えぇ、まあ」
100%本人に過失があるとは言いづらい。今思い返しても、序盤も序盤で馬鹿なミスを犯したものだ。異世界転移者の中でも飛びぬけて無能だと言われても仕方がない。
「分かった。では今から私が使える中で最も治療効果の期待できる魔法を唱える。これで治らなければ、少なくとも獣人国での治療は諦めるんだな」
「え、あ、はい」
最初からクライマックスか。あまりの展開の速さに生返事しか返せなかった。
「では始める。動くなよ」
「はい」
ふぅ。
よーし。
ようやく、ようやくここまで来た。
光の無い生活をどれ程過ごしただろう。数えられる日数かも知れない。だがその苦しみは、辛さは決して数字では計れないものだった。
1つでも不自由となったからこそ分かる。俺は今までどれだけ恵まれた生活を送ってきたのだろうと。何事もそう。失ってはじめて気づくんだ。
ただ今回は失ったものを取り戻す機会が与えられた。日本では完全回復は無理だったろう。異世界特典と言えるかもしれない。
そもそもこの世界に来なければ失明することも無かったと言われたらそれまでだが、いつだってどの世界だって危険とは常に隣合せだ。いきなり失明する恐れもあるし自宅が火事になって死ぬこともある。不運を嘆いても仕方がない。受け入れて前へ進むしかない。
物理的な光は閉ざされた。その一方で湿っていた心を照らす暖かな光に出会えたことは何物にも勝る僥倖と言える。
見ず知らずの男を拾い、どれ程の対価も期待できないというのに甲斐甲斐しくお世話してくれた。寂しいという理由だけでは決して成し得ない慈悲行為だ。特筆すべき性格の良さは彼女の根幹が素晴らしいものであることを如実に表している。
今なら断言出来る。この世界でセレスと出会えて良かった。
この目が治ったら何をしようか。まずはセレスへの恩返しだろうか。いや彼女との距離を詰めるのが先決か。
いずれにせよ悲観的になることはない。万が一治療に失敗したとしても、セレスがいる。スキルがある。
俺は。
この世界でもやっていける。
「慈愛の神よ、自然を調律しこの身に奇跡の風を届けよ――――――リキューパレイト」
そして俺は。
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