第29話 首都入場
獣人国首都ビーストへ足を踏み入れた。ガヤガヤと都会特有の喧騒が耳を打つ。
盲目のため風景は分からない。首都と言うからには恐らく都会都会しているのだろう。紅魔族領の片田舎から遥々やってきた平民風情としては緊張と高揚と不安が入り混じった感情を抱いてしまう。
進学のためド田舎から上京したあの頃の思い出が蘇る。これから素晴らしいキャンパスライフが待っていると根拠のない自信をのぞかせていた当時の俺は輝いていたに違いない。まさか大したイベントも無くヌルっと卒業するとは思いもしなかっただろう。
最大の敗因はヤリサーの勧誘を一蹴したことに尽きる。あそこで加入していればパリピの道が拓けたのではないか。
なぜボランティアサークルに入ってしまったんだ。超絶美人の先輩に誘われてホイホイついていったのが間違いだったと言えばそれまでだ。まさかその人が女性好きとは思うまい。しかも副部長のこれまた美人と付き合っていた。というか俺の代に限ってレズが多かった。わけが分からない。
「……………なんか、すごいね」
「あ、ええ。そうですね。都会って感じですね」
セレスから見ても随分と都会しているようだ。
ただ、何だろう。
とてもとても視線を集めている気がする。
盲目の男を連れる少女がそんなに珍しいのだろうか。それとも魔族と人間という組み合わせが滅多にないのか。パッと見では人間族と魔族の違いなど分からないだろうに。
まぁいい。すぐに興味を無くすだろう。
「とりあえずどうしましょうか。先に宿を探しますか?」
「うん。それで宿の人に治療師の居場所聞く」
「良いと思います。では宿へ……」
どのようにして行こうか。もちろんセレスも宿の所在地を存じ上げないだろう。衛兵に確認しておけばよかったか。
「その辺りの適当な人に宿の場所を尋ねてもらえますか。もし難しいなら自分がやります」
「大丈夫。私が、聞く」
頼もしい。間違いなくセレスはこの旅で変わったと思う。最初の頃より明らかに積極性と社交性がレベルアップしている。
「ではお願いします」
「うん」
池田を連れながらズンズンと歩いて行く。
周囲の視線は離れない。相変わらずジッと見られている気がする。ただ嫌な感じはしない。かといって好意を感じるわけでもない。ただただ珍しいモノを見るような視線に思う。
「ねぇ」
とか思っている間にセレスが適当な人に話しかけた。
「ん?え、う、うわ、すげぇ」
なんだこの反応。声からすると小学生くらいの子供だろう。
「宿の場所知ってる?」
「え、えと、やど?やど、やどは、いや」
どうしたんだろう。緊張しているのかな。
いや分かる。その気持ちは分かる。俺も小学生の頃は近所のお姉さんに話しかけられてアタフタした記憶がある。特別綺麗でもなかった。それでも緊張した。10歳頃の少年にとって20歳ぐらいのお姉さんはラビリンスでシークレットな存在に映るものだ。
「やど……ああ、宿ね!えと、こ、この道をまっすぐ行けば、左手にある、見えるよ」
「……………」
「え、えと、まだなんか」
「分かった。ありがとう」
「あ?え、あ、こちらこそ」
セレスと少年のぎこちない会話が終わった。
「いこ」
「はい」
再びズンズンと歩いて行く。
背中にいくつもの視線が突き刺さる。その中には先ほどの少年のモノも含まれているのだろう。
残念だったな少年。ここから恋など始まらんぞ。というか始まらせんぞ、俺が。貴様のようなぽっと出が攻略できるレベルにないし、既に俺が攻略ルートを開拓している最中なのだ。他の男が介入する余地はない。
「………………」
現時点では、セレスに一番近い男性は俺に違いない。だが彼女が俺をどう思っているかは別の話だ。嫌われていないのは分かる。ただそれだけ。好かれているかと聞かれると言葉に詰まる。
無論おれは彼女が好きだ。今となっては例の能面顔もキュートに思える。
まぁ、そうだな。
急ぐ必要はあるまい。とりあえず盲目を治療して、彼女への負債を返済しながら距離を近づけていけばいい。
「お!ねぇねぇお姉さん、ちょっといい?」
ガサツな声が右方から聞こえてきた。誰に話しかけたのだろうか。
「………………」
無視して歩き続けるセレス。
「ねぇ無視しないでよ、お姉さん」
立ち止まるセレス。自動的に俺も止まる。前に回り込まれたようだ。どうやら彼女がターゲットらしい。新手の当たり屋だろうか。
「…………」
「ねぇ、ちょっと話聞い」
「なに」
「お、声も可愛いねぇ。このあと暇だったらさ、ちょっと遊ばない?」
「おいおい」
すごいなこいつ。二重の意味で凄い。
男を連れている女をナンパするのもすごいし、決して綺麗とは言えないセレスに声をかけるのもすごい。
いや待てよ。もしかすると俺とこの世界の住人では美的感覚が違うのか。この世界だとセレスは超絶美しいカテゴリーに入るのかもしれない。日本で言う平安時代が如く。ともすればこれ程までに視線を浴びている理由も説明がつく。
考えるのは後だ。取り急ぎこの状況を何とかしよう。幸運なことに話しかけてきた奴は声と言動からして典型的なチャラ男だ。俺でも対処できるだろう。
「あのーすみません。一応コブ付きなんですけど」
「あぁ、うん。でもあんた、この娘の旦那とか彼氏っぽくないし。だったらあんたをどっかに置いて、遊びに行くのもありでしょ?」
「いやー確かに旦那でも彼氏でもありませんが。流石にハチャメチャが過ぎるというか………うおっ」
なんだおい。誰かに足踏まれたぞ。盲目時の往来怖すぎだろ。
「でしょ?だからさ、お姉さん。遊びに行こうよ。美味しいお店連れてくよ」
首都の美味しい店か。俺も行きたい。お店の名前だけ聞き出そうか。
「………………」
「ね、お姉さん。ご飯御馳走するからさ」
「いや。消えて」
一言で無下にした。
「そんなこと言わずにさぁ。1回だけだからさ!1回だけ!」
1回だけとか一生のお願いとか言う奴ほど信用できないものはない。
しかしこいつは粘るな。ナンパ師にも矜持ありと言ったところだろう。何事も中途半端に投げ出す癖がある俺も見習うべきかもしれない。
「消えないなら……消すよ」
こわ。
声に抑揚がないからこそ冗談ぽく聞こえない。
「え、いやぁ、その…………はは、参ったな」
さすがのチャラ男もビビったようだ。
これはお互いに良かったかもしれない。あと1回粘られていればセレスがチャラ男に高確率でファイヤーボールをぶっ放していただろう。そうなればチャラ男は大けがを負っただろうし、俺たちは御縄にかかっていた公算が高い。
「消えて」
「あぁー、はい。消えます…………………そうだ、ちょっとだけ待ってくれる?」
と言ってちょっとだけ待たされた。
「よし……はい、これ。おれん家までの地図。気が変わったら遊びに来てよ。じゃ、またね!」
足早に去る音が聞こえた。
「おお」
すごい。転んでもただでは起きない。あれは真似できない。真似できないからこそ、すごい。あんな感じでちょっと強引ながらも去り際に連絡先を渡してみたいものである。
びりびり。
「………………」
「……いこ」
「あ、はい」
……………………
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