第28話 旅の終わり

 数日が経過した。あれからセレスがドッキリを仕掛けてくることはなかった。ただ以前よりも口数が増えた気はする。


 「えー、冒険者」


 「…………」


 「…………」


 「……………焼きレンヒト」


 「えー……逃走者」


 「…………」


 「…………」


 「………焼きジャガッツ」


 「つ、追跡者」


 「…………」


 「…………」


 「……焼きタイカ」


 「それあり?」


 歩きながらしりとり中。全く耳にしたことのない食べ物の名前ばかり挙がっている。恐らく実在するのだろう。恐らく。


 「えー回答者」


 「…………焼きメンティコ」


 「んー………殺し屋」


 「…………や……や……」


 「…………」


 「…………」


 セレスが立ち止まる。手を繋いでいる弊害で身体まで接近してしまう。


 フワッと良い香りがした。香水でもシャンプーでもない。女性特有の匂いと言うべきか。この甘くて優しい感じはなんだろう。加齢臭の対極に位置している。ひいては何日間も水魔法による水浴びで済ませている身体とは思えない香り高さだ。勢いそのまま抱きしめたくなる。


 「………………やっと着いた」


 何だったか。


 ああ、そうだ。しりとりをしていたんだ。


 「着いたとは」


 「………獣人国首都、ビースト」


 「おお………ほんと?」


 最初に去来したのは感動でも驚きでもなく疑念の感情だった。




 ★★★★




 セレスに連れられ門らしきところに到着、したようだ。


 圧迫感が凄まじい。巨大で荘厳な門に違いない。


 これは、本当に到着したようだ。


 ヒトの気配もする。前方十数メートル離れた位置に2人ほど、だろうか。配置的に衛兵もしくは検問か。


 セレスが門へと近づいていく。自動的に付随する。


 「失礼。身分証のご提示をお願いいたします」


 門を真ん中に左右分かれた2人のうち右側が話しかけてきた。結構な低姿勢だ。獣人が皆こんな感じであれば嬉しい。


 「えーすみません、持っていないのですが」


 俺が答える。


 「では仮身分証を発行します。発行料金は1人につき2万ペニーとなります。有効期間は7日間です。期間内は何度も入退場が可能です。それ以降の滞在をご希望でしたら、延長料金が発生します。ただし、7日間のうちに身分証を用意できればその限りではありません」


 なるほど、短期間のパスポートみたいなものか。1人2万ペニー、宿屋の宿泊料金から考えると少々割高に感じるが致し方あるまい。


 「……………はい、これ」


 「4万ペニー、ですか」


 とか言ってる間にセレスが俺の分まで払ってくれたようだ。ありがたい。もうあれだろう、ここに至っては彼女への恩が一生ものとなってしまった。世話になった月日は数える程度だが、その濃密さ足るやひと時の青春が如くと言える。果たして幾多にも積み重ねられた恩を完済する日は訪れるのだろうか。


 「2人分でお間違いないでしょうか」


 「……うん」


 「3人分ではなく?」


 「え?」


 どういうことだろう。ここにはセレスと俺しかいないはずだ。まさか視える系衛兵だったのか。


 「背後の大木からこちらを覗いている御方はお連れではございませんか」


 「え」


 だれだ。まるで思い当たる節が無い。


 「セレスティナさん。確認できますか」


 「……うん」


 セレスが微妙に態勢を変え、背後を振り返った。


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「……………………大木から、顔だけ出して、こっち見てる」


 「知ってるヒト?」


 「……例の、オーク」


 「え」


 ウソでしょ。例の、って。1匹しか思い当たらない。


 まさか生きていたというのか。セレスのどさくさ火魔法によって大橋から転落したはずだ。まず生き残れない高さだと言ったのはオーク自身だったろうに。


 驚きを通り越して引く。引かざるを得ない。というかなぜここにいるんだ。気持ち悪い。


 「あのー」


 衛兵が困った感じの声色で話しかけてくる。どうしようか。どうしようもない気がする。


 「2人分で間違いありません。お願いします」


 「はぁ、そうですか」


 「ちなみにですけど、オークでも入国許可は頂けるのですか」


 「入国規定にヒトかどうかは記載されておりません。ただし入国するためには最低でも2万ペニー用意する必要があります。お金を稼ぐまたは手に入れるという知能が不可欠です」


 「なるほどです」


 下等な生物は金という概念が無いため自然淘汰されるということだろう。


 「では2人分でよろしいですね」


 「………うん。これ」


 「……はい、確かに受領しました。こちらが仮身分証となります」


 「…………ん。しゃがんで」


 「あ、自分ですよね?はい」


 しゃがむ。


 すると頭の上に何かを感じ、その後、首元にひも状のものが巻かれた気がした。苦しくはない。


 恐らく、仮身分証とやらを装備してくれたのだろう。


 「では、お通り頂いて結構です。ようこそ、獣人国首都ビーストへ」


 こうして、旅の終着点へと足を踏み入れた。


 長かった旅が、ようやく終わりを迎えようとしていた。

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