第27話 悪戯
獣人国。
首都の名前はビースト。
ベア村の宿屋主人によると、村から北に歩き10日程の位置にあるとのこと。またベア村から首都ビーストまでは舗装された道が続いている。余程のことが無い限り迷うこともないと言っていた。
そしてベア村から出発して13日目。
俺たちはきっちり道に迷っていた。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
歩く。歩く。
ただ、ひたすらに歩く。
舗装されていない道を歩く。草木を踏みつけながら前に進む。
どうしてこうなったのか。話は5日前にさかのぼる、ようなことはない。気づけば道なき道を歩んでいた。ただそれだけ。
今思うと急に足裏の感触が土から草木に変わった辺りで1度確認を取るべきだった。舗装されているとは言っても全部が全部ではないだろうと思い進言しなかった。
そうした小さな積み重ねを経てご覧のありさまである。
人類との邂逅もあの村以降皆無だ。獣道を進んでいる以上致し方ない。
反対に魔物とはよくエンカウントするようになった。なんだろう、トランス家は戦いに生を見出している戦闘民族なのだろうか。1日5匹以上の魔物を倒さなければいけないと自分に制約を課しているとか。であればわざわざ人気のない道を選んだのも頷ける。だが残念なことに交戦的な女性でないことは知っている。
つまるところ三度道に迷われてしまった。それが正解だろう。
「セレスティナさん」
「…………なに」
「我々は、どこへ向かっているのでしょうか」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「………………………問題です」
「え」
「……私たちは………どこへ、向かっているでしょうか?」
「いやいや」
なんだこいつ。今度はどんな責任逃れをするつもりなんだ。言い返しても話が進まなそうなので素直に答えよう。
「獣人国首都です」
「…………正解です。で?」
「で?って言われても」
「で?」
「いや、だから」
「で?」
「それやめろ」
「…………」
おかしいな。元来おれはボケをこよなく愛する小ボケマスターとして、学生時代はクラス三軍の位置を死守していたのだ。だのにセレスと出会ってからは多くの場面でツッコミに回されている。イケダのアイデンティティを揺るがす事態と言っても過言ではない。
「えー、はい。1つ確認させてください。首都の方角はこちらで合っていますか?というか例の如く迷ってません?」
「………………」
「………………」
「………わたしが、方向音痴だって、言いたいの?」
「直接的な表現を使用するなら、そうなりますね」
「…………………」
「…………………」
怒らせてしまっただろうか。
「………………」
「………………」
「……あ、止まって」
「え、はい」
嫌な気配を感じた。十中八九魔物の出現だろう。前方30m先に3匹程度だろうか。そろそろ「気配察知」の様なスキルを手に入れてもおかしくない領域に達している。
「……氷壁は、いらない。瞬殺……する」
「ええ、分かりました」
瞬殺、格好いい。一度は言ってみたい。
セレスが詠唱を始める。
「万物に宿りし炎よ、全ての力の源よ、我は願う、我は請う、煌めきをこの手に、我に集え。ファイヤーボール」
「え」
突然の長詠唱に脳が混乱する。以前はもっと短かったはずだ。というか「ファイヤーボール」だけで済ませていた気がする。
ボワッと熱気を感じた後。離れたところで「クギャァァ!」という声が3度聞こえた。
「………………」
魔物の気配が消えた。戦闘終了のようだ。
「お疲れ様です。セレスティナさん」
……………………
……………………
……………………
……………………
あれ。
「セレスティナさん?」
……………………
……………………
どうした。というか。
セレスの気配が消えた。
「………………」
えーどういうこと。なに、これはもうパニックにならざる得ない。しんちゃんの歌を歌いたくなる。
「あー、セレスティナさん?どこに隠れているのですか」
………………
「先程の件で怒っているなら謝りますから」
………………
まずい。
これはひじょうにまずい。
俺は盲目。盲目のアラサー池田。介護無しでは生きられない男。
しかもこのような魔物の跋扈するふぁんたじー世界では、目が見えていたところで生存率の低下は免れない。盲目ではさらに倍率ドン。死亡率倍プッシュだ。
死ぬ。
というか死んだ。
池田の異世界ハートフルストーリー。ここに堂々の完結。
……………………
「いま、わたしの、ねがいごとが、叶うならばー」
こうなっては出来ることなどたかが知れている。辞世の句ならぬ、辞世の歌で今生に終わりを告げよう。
「この大空にー翼を広げー飛んでー行きたいよーおおお」
……………………
「悲しみの無いー自由な空へー翼はためかせー」
……………………
「ゆきたいー」
………………
パチパチパチと。
1番を歌い終えたところで背後から拍手を頂いた。
「………悪くない」
「ありがとうございます」
「……ただ、1つ疑問。悲しみの無い空なんて……この世に、存在しない。つまりあなたは………死後の世界を、望んでいるの?」
「いや歌詞の感想なんて聞いていないんですよ。それよりもなぜ突然気配を消したのですか?あまりの恐怖に歌っちゃったじゃないですか」
「………その思考回路は、よく分からないけど。心当たりは……あるでしょ?」
声色は変わらない。やはり怒っているのだろうか。確かに介護を受けている身で責め過ぎたきらいはある。お前は私がいないと何もできないのだから黙ってろ、と言われても不思議じゃない状況だ。
「心当たり。ありますが、もちろん冗談ですよ。本気でセレスさんを非難するつもりはありません」
「………うん、分かってる。だから、私のも……冗談。闇魔法:隠蔽で、気配消してみたの………どう?面白かった?」
「全くですね。死ぬかと思いました。怖かったです。謝ってください」
「……………」
「……………」
「………ありがとうございます」
「え。いや、違う違う」
「ありがとう、ございます」
「なにがー?え、っていうか謝れよ」
右手に柔肌の感触が戻った。どうやら問答無用で行軍を再開するらしい。
極度の安心感で思わず軽口を叩いてしまったが、その裏では血圧上昇を抑えるのに必死だった。いつまで経っても死の恐怖は慣れない。
もちろんセレスが自白した通り冗談だったのだろう。本気で俺を置き去りにするほど彼女は冷酷じゃない。むしろ以前から申し上げていたように優しすぎるくらいだ。
ふぅーっと小さく息を吐く。
大丈夫、大丈夫だ。
セレスは俺を裏切らない。
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