第26話 CHERRY

 夕食は魚介具沢山のスープとパンっぽいものだった。セレスの腕前には若干劣るが、それでも素晴らしい出来栄えであった。ご馳走様です。


 その後。身体を拭いてもらい、トイレに連れて行ってもらい、歯を磨いてもらい、寝具まで誘導してもらい、就寝を迎える。


 宿の部屋は存外に広かった。4人用と言われてもおかしくないそうだ。簡素だが丈夫そうなベット2つも用意されている。


 そのベッドへ身体を預ける。セレスも横並びのもう1つで身体を休めている。


 本日も中々の距離を歩いた。既に穏やかな眠気が訪れている。そのまま身を任せようか。


 「…………………」


 寝返りを打つ。


 「……………」


 もう1度寝返る。


 「………」


 おかしい。寝れない。


 セレスが隣で眠っているからだろうか。確かに少々の緊張は感じている。とはいえ眠りを妨げるほどでもない。もしも眠れぬ程に心臓が高鳴っていたなら、それはもうアレでしかない。アレ。


 不眠の原因は明白だ。  


 ベッドが柔らかすぎる。


 なんだこれは。ベッドってこんなにフニャフニャだったか。背中を預けると沈むんですけど。


 日本時代と比べると明らかに硬い。お、ねだん以上が柔らかさ10段階中10だとしたら今のベッドは4がいいところだろう。それでもなお、地べた野宿に慣れ切った身体には毒でしかない。まさかこんな体になるとは思わなかった。慣れって凄い。


 どうする。


 無理やり寝るか。寝ることに努力するか。


 「……………」


 うーん。


 「……………」


 決めた。


 床で寝る。


 ベッドから上半身を起こし縁の方まで移動して床に手を伸ばす。そしてそのまま地面にダイブ。掛布団だけ使用することとする。


 「……おぉ」


 やはりこれだ。この感触。時代は床寝だろう。この硬さであれば寝られそう。


 よし。おやすみ。





 翌朝、セレスに「……………あなたは、ヒトとして何か、間違っている」と言われてしまった。


 


 ★★★★



 

 村を出て数日が経った。俺たちは旅を続けている。


 結局ベア村において特筆すべき出来事はなかった。突発イベントは発生しないに越したことはないが、少々寂しさを感じるのは贅沢だろうか。


 村の名前から察するにクマの獣人が多数を占めていたのだろう。人間寄りなのだろうか。それとも獣寄りか。拝見したかった。


 首都までの道のりは宿屋の主人に確認した。数分かけて地図まで書いてくれたようだ。クマは元来穏やかで優しい生き物なのかもしれない。


 そんなこんなで旅を続ける我々だったが、数刻前から違和感を感じつつあった。


 何かがおかしい。


 違和感を感じるは周囲の環境ではなく。戦闘でも食事でもない。もちろん自身に対するものでもない。


 恐らく、俺の隣にいる彼女。


 セレスティナ・トランスの様子がおかしい。


 言動は変わらない。いつも通り無口だ。話しかけると答えてくれる。以前よりレスポンスが早くなった気がしないでもないが、そんなのは誤差の範囲である。


 池田の介護も嫌がらず続けてくれている。料理もいつも通り美味い。一見なにも変わったようには思えない。


 だが、気づいた。俺は気づいてしまったのだ。


 セレスティナは恐らくアレの時期であると。


 果たして魔族の女性にアレがあるのか定かではないが、人のナリをしている以上ひと月に1度程度訪れたとて不思議ではない。もし本当にアレあれば、少々身体を休めた方が良いのではないか。だが勘違いであれば赤っ恥である。


 そもそもこんな想像をしていること自体イカレているかもしれない。様子がおかしい=生理という発想が気持ち悪いと思う。自分でも。


 うーん。


 念のため確認を取ってみようか。折しも夕食も終えて後は就寝するだけというタイミングだ。


 セレスに話しかける。


 「あの、すみません。1つ聞いてもいいですか」


 「………………………なに」


 「セレスティナさんはその………最近、変わったことはありましたか」


 何だろうか。聞き方が少し抽象的かもしれない。とはいえ「生理すか!大丈夫すか!重いヒトはメッチャ重いですし!」などと言えるはずもない。このような時分に上手い言葉が出て来ない自分に少々ガッカリだ。


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「…………………………変わったといえば、変わった」


 ほう。「別に……」などと透かされるかと思いきや、変わったことは認めるようだ。


 「具体的には何が変わったのでしょうか」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「えーと」


 「…………1歳」


 ん?


 「………………1歳、歳を重ねた」


 歳を重ねた。つまりはいつの間にか誕生日を迎えていたということだろう。女性のアレではなかった。当然だった。


 確か旅の出発前にステータスを確認した際は19歳だった。即ち20歳を迎えたということだ。酒もたばこもギャンブルもやり放題という新世界へと突入した模様。大人ぶらずに子供の武器も使える旬な時。それがハタチ。これはめでたい。めでたい限りである。


 しかしフィクションで拝見するふぁんたじーの住人は自身の誕生日を知らない、覚えていないケースが散見されるが、セレスに限ってはそんなこともなかった。毎年両親が誕生日を祝ってくれていたのだろう。恐らく。


 ちなみにこの世界も月は12月まであり、日は30日で固定だという。つまり1年間は360日。月の数え方は1月から、ジャヌ、フェブ、マッチ、アプリル、マイ、ジューネ、ジュリー、アウグスト、セップ、オクト、ノーヴ、ディース、らしい。英語の前半をそのまま読んだ感じだ。閑話休題。


 要するに20歳という人生の節目を迎えたゆえに雰囲気が変わったのだろう。盲目にもかかわらず違和感を感じるほどの変化を迎えた部分に若干の引っ掛かりを覚えないことも無い。が他に理由が思い当たらなければそういうことなのだろう。


 しかし誕生日か。典型的なジャパニーズソウルの持ち主としては何かプレゼントを贈りたいところだ。現状セレスに贈呈できるモノはあるだろうか。所持品を思い浮かべてみる。


 ・スーツ一式

 ・腕時計

 ・ボールペン1本

 ・ハンカチ

 ・ちり紙

 

 平凡なサラリーマンスタイル。不要な物は一切持たないシンプルイズベスト。ただ1つ解せないのは、亡くなった際は寝間着姿だったにも関わらず異世界に降り立ったのはスーツ姿だった。これはどういうことか。神からの通告なのかもしれない。異世界でも働けと。


 「……………それが、どうしたの?」


 「ああ。えと。そのですね」


 そうだ、誕生日だ。誕生日プレゼントをあげないと。しかし手持ちの中で選ぶとしたら何だ。


 「セレスティナさん。申し訳ありませんが闇魔法:収納から、私のスーツ……私が最初の頃に着用していた黒い服を取り出していただけませんか」


 「………………」


 「………………」


 「………………いいよ」


 よかった。ちなみに今の池田のコーデはというと、下半身は茶色のブーツに茶色のズボン。上半身は黒コートの分厚い版みたいなのを着ている。お腹から胸にかけてたくさん紐があるやつ。セレスパパの御下がりを借用中だ。


 「…………はい」


 綺麗に折りたたまれた上下スーツを受け取る。手探りでスラックスのポケットをまさぐり、お目当てのものを取り出す。スーツはそのままセレスに返却し、再び黒魔法で収納してもらう。


 「ありがとうございます。ではセレスティナさん、これを」


 セレスに向けて右手を差し出す。


 手のひらには腕時計を乗せている。


 「………………なに」

 

 「受け取っていただけますか」


 「……………」


 「……………」


 「…………なんで?」


 「プレゼントです。遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 手のひらから重さが消えない。なぜだ、何かが足りないのか。


 「……あぁ」


 歌か。


 「セレスティナさんのお誕生日を祝して、池田歌います。はっぴばーすでぃとぅーゆー、はっぴばーすでぃとぅーゆー、はっぴばーすでーでぃあセレスティナー………」


 「…………………」


 「はっぴばーすでぃとぅーゆーーー」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 あ。


 手のひらから重さが消えた。


 「……………」


 「……………」


 「…………変な歌」


 「第一声それ?」


 「普通誕生日に歌うのは……おじひんがー賛歌」


 「なんですそれ。誕生日を祝う歌とは思えないんですけど」


 「…………まぁ。お父さんの自作…なんだけど」


 「………」


 なんなんこいつ。


 「……とりあえず………………ありがとう」


 「え?ああ。いえいえ。ほんの気持ちです。それは腕時計といいまして、朝日が昇ったり夕日が沈んだりするタイミングを、ある程度教えてくれるものです。見たことは?」


 「……………時計塔の、大きいやつは見たことある。でも……腕に付けるものは、見たことない。………ありがとう」


 「どういたしまして」


 ふぅ。


 どうやら受け取り拒否の事態にはならなかったようだ。もちろんそんなことをする女性ではないことは承知している。だが盲目も相まって不安を覚えたのは事実だ。


 ふと。自分の中に暖かい何かが広がるのを感じた。凡そその正体は見当がついている。ありがとうと感謝されたのが余程嬉しかったのだろう。


 果たしてセレスティナの顔を思い浮かべてみる。当初は能面のような印象しか持たなかったはずが、今では何故か可愛らしく感じるから不思議なものだ。


 これはもう、恋してると言ってもよいのではないでしょうか。


 「…………」


 相変わらず目の前は真っ暗だ。何も見えない。


 ただ。


 見えないからこそ生まれるものもあるようだ。

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