第25話 私はそうは思わない
カランコロン。セレスが宿の扉を開ける。
「いらっしゃい。何をお探しでですか」
正面からはとうが立った女性の声。先ほど村の入口で邂逅した男性は不在のようだ。しかし探し物を尋ねるとはどういうことだろう。
「えーと、ここは」
「雑貨屋ですよ」
「………………」
何がどうなっている。
「…………セレスティナさん?」
「………………」
「………………」
「………………」
「お客さん?」
「……………………塩と、香辛料……それと、丈夫な布、数枚、欲しい」
「え」
「はーい、少々お待ちください」
トコトコと店員が遠ざかる。
「いや」
何をナチュラルに買い物しているんだ。あまりにも自然過ぎて、てっきり俺の思い違いかと焦ってしまった。ついさっき宿に行くとおっしゃっていましたよね、確かに。
「セレスティナさん?」
「………………」
「えーと」
「………………」
圧倒的無言を貫く中、店員が戻ってきた。
「はい、お待たせしました。塩と香辛料、それと布5枚です。こんなもんでよろしいでしょうか」
「………………うん。いくら」
「全部で5000ペニーとなります」
「………………」
隣からジャラジャラと聞こえる。どうやら"収納"からお金を取り出しているようだ。
「…………これで」
「はい。ひぃふぅみぃ………ちょうどですね。ありがとうございましたー」
カランコロンと。自然体で店の外へ出る。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………次が、宿」
「はい?」
「………なに」
「あ、いえ。何でもないです」
嘘だろこの感じ。全く悪びれる様子がないぞ。まさか本当に聞き逃していたというのか?「宿の前に雑貨屋寄るから~」という一言を。
そうか。そうだよな。いくらセレスでも宿屋と雑貨屋を間違えるはずもない。ならば原因は俺にある。猛省して次へ切り替えよう。
再び歩き出して数分後。無造作に建物へと入った。
カランコロンと。聞き覚えのある鐘が俺たちを出迎えた。
「はい、いらっしゃい。って、あなたたちは……」
「………………」
「………………」
この女は今どんな顔をしているだろう。
「念のため確認を取りますが。ここは雑貨屋、ですよね」
「え、えぇ。そうですよ」
「おいセレス」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………てきとうに、乾物見繕って。あと……歯ベラーシがあれば、4本ちょうだい」
「いやいや」
「あ、え、は、はい。少々お待ちください」
店員が遠ざかっていく。
こいつ。
正気か。
「1つ聞いてもいい?」
「…………駄目」
「聞けよ」
「……うるさい」
「迷子だよね。完全に」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「…………………私は、そうは思わない」
どういう返答だよ。強がりにもほどがあるだろう。相変わらず変な部分で強情な女だ。
ただその部分が可愛いという意見もある。そもそもセレスに至っては嫌な部分が見つからないのが困る。強いて挙げるならルックスだが、盲目状態ではそれさえも気にならない。つまり今の俺はセレスに好意を抱かざるを得ないのだ。由々しき事態である。
トコトコトコと。店員が戻ってきた。
「はい、お待たせしました。野菜、キノコ、果物、魚介と一通りの乾物を揃えました。それと、こちらが歯ベラーシ4本です。お間違いないでしょうか」
「……………うん。お金は」
「先程も購入いただいているのでちょっとサービスしちゃいます。1割引きで10000ペニーとなります」
隣からジャラジャラ。
「…………これで」
「……うん、ちょうどですね。ありがとうございましたー」
手を引っ張られた。そう、目的は果たしたとでも言うように店を出ようとしているのだ。
「あ、お待ちを。すみません店員さん。宿への行き方を教えていただけますでしょうか」
「ん?ここですよ」
「え?」
「ここでは1階で雑貨屋、2階で宿屋を経営しているのですよ。ちなみに1階は夜になると酒場に変わり、飲食も可能となっております」
「あ、そ、そうなのですね」
「………………」
なんということだ。
道に迷ってなどいなかったのだ。1から10まですべて正解だったんだ。疑ってしまったことに対して謝罪すべきだろうか。
いや待て。そうだ、俺の確認無しでは気づけなかったという面がある。そもそも宿屋を紹介した当の本人が不在という状況も解せない。ひいては紹介人の妻と思しき受付嬢の口から宿屋のやの字も出ずじまいだった。何というか、色々と不運が重なった結果ここに至れりといった感じである。
結論。みんな悪くない。そう言うことにして頂こう。
「……………宿に、泊まる。2人」
「あ、はい。お部屋は別々でよろしいでしょうか」
「…………」
「…………」
「………………一緒で」
なんと。旅先で女子と同室か。自宅や野宿では何も起きなかった。しかし宿屋の一室というある種の特殊空間だと話が変わってくる。
「一緒ですか」
「……………1人で生活できるなら、別々でも」
「あ、そうですね。すみませんでした。一緒の部屋でお願いします」
要介護1相当の俺が1人きりで過ごせるはずもなかった。
「はい。ではツインの部屋おひとつで。何泊されますか?」
「………………どうする?」
「1泊で良いと思います。出来るだけ早く首都へ向かいたいので」
「………じゃあ、1泊」
「では御2人様1泊ツインのお部屋ですね。夕食、朝食つきで6000ペニーとなります」
高いのか安いのか定かではない。ペニーが円と同価値であれば、破格の安さであろう。ド田舎のモーテルでも滅多に拝見できない値段設定である。
「…………はい」
「えーと……6000ペニーちょうどですね。こちら鍵となります。お部屋は2階に上がって左の角部屋となっております。夕食、朝食はここ1階でご提供しています。明確な時間帯は設けておりませんので、頂きたい時にお声かけください。では、ごゆっくりどうぞ」
セレス様に手をひかれ2階へ上がる。
ようやく一息つける運びとなった。
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