第23話 ストーリー・ブレイカー

 「え」


 うわ。嘘でしょう。


 オーク族にとって唯一とも言うべきチャームポイントが彼には存在しないではないか。つまり魅力ゼロ。極端なことを言ってしまえば、生きている価値が無い。


 27歳。彼は今まで何をしていたのだろうか。ニンゲンでもその年齢まで貞操を守るのは困難だというのに、ましてやオークなど有り得ないと言っていい。一桁台で捨て去っていてもおかしくない。


 これは想像になるが、未経験だからと他のオークに馬鹿にされる日々が続いた結果、耐えきれず集落から離れたのだろう。オークの世界だからこそ未熟者には厳しいはずだ。逆に千人切りとか絶倫とか異常に持て囃されそうだな。


 ひとまず彼の素性を知れたところで話しかける。


 「はい、ジークフリードさん。お話があります」


 「ア?オニモツガナンダ」


 「1つ勝負しませんか。今から5分間……あ、5分てどの程度か分かります?」


 「ホザケ。300ビョウノコトダロウ。ワレヲバカニシテイルノカ」


 なるほど。時間の概念は前世と同様らしい。非常に今更感が強い話題である。


 「では5分。5分間、私は防御に回ります。あなたはひたすら私に攻撃してください。時間内に私の守りを崩したらあなたの勝ちです。逆は私の勝ち。どうでしょう」


 「ナニヲイウカトオモエバ………チナミニ、マケタホウハドウスルノダ」


 「自主的にこの橋から落ちましょう」

 

 「………………」


 「………………」


 「……………………ホンキカ?シヌゾ?」


 「もちろんです。あなたは目の前の女性を殺しに来たのでしょう?ならば自身が死ぬ覚悟も持ち合わせていると思いますが」


 「……………………ククク」


 「え」


 笑った。相変わらず気持ち悪い笑顔だ。


 「ソウダ、ソウダッタナ。イイダロウ、ソノショウブノッテヤル」


 よし、ありがたい。


 これは大きな指標となる。オークの彼は今まで出会った魔物の中で一番に物理攻撃力が高い。彼の攻撃を防ぐことが出来れば、物理攻撃力千五百以下は二分の一アイスウォールで十分だと立証できる。だからといって物理攻撃力三千程度を全力アイスウォールで防げるかと言えば難しいかもしれない。数字はあくまで数字であり、攻撃力と魔法力が比例する証拠がない以上危ない橋は渡れない。


 まぁ、ヤバめの敵と遭遇した際は逃げるか死ぬかの二択になるだろう。


 「では始めましょう。セレスティナさん、申し訳ないですが手は出さないでくださいね」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………出す」


 「え、いや」


 「手は出す」


 「えーと、あの。ここは大人しく頷く所というか、下がって頂けるとありがたいのですが」


 「…………」


 「…………」


 「………………手は、出します」


 「いやいや。敬語ならオーケーとかじゃないんですよ」


 「……出させて、ください。おねがいします」


 「違うのよ。えー、なにこれ?」


 「ワレガキキタイゾ。ナニヲミセラレテイルンダ」


 いったいどういう神経をしているんだこの女は。まるで読めないタイミングで物語の進行を妨げるではないか。これが小説やドラマなら俺とオークの戦いへスムーズに移行しただろうに。現実とはこれ程までにママならないものか。


 「ソレデ。ケッキョクドチラガワレノアイテダ?」


 「あ、はい。自分です」


 「……わたし」


 「あの、セレスティナさんね、ここは池田に任せてくださいって」


 「…………やだ」


 「なんで?」


 「理由は………まだ、ない」

 

 「いやそんな小説の書き出しみたいに言われても」


 「………ちょっと、言っている意味が……分からない」


 「こっちの台詞ですよ」


 「イヤ、ワレノセリフダゾ」


 「ああ。ちょっとあなたは黙っていていただけますか」


 「……ほんと、そう」


 「ハ?ソレヲイウナラキサマラコソハヤクマトメロ。ソモソモナゼワレガキサマラノコトバアソビニツキアッテヤラネバ――――」


 「…………うるさい。ファイヤーハンマー」


 「「あ」」


 2人の吐息が同時に漏れた。  


 それと同時に目の前を熱風が通り過ぎる。「グハッ!」というヤラレ声も聞こえた。


 そうして久方ぶりの静寂が訪れる。後に残ったのは生モノが焼けた嫌な臭いだけだった。


 「…………………」 


 「…………………」 


 うーん。


 「あの」


 「………オーク、駆除。略して……おーくじょ」


 「今日のセレスティナさん、ちょっと変じゃありません?」


 「…………いつも変なあなたに、言われたく……ない」


 ごもっともだ。確かに普通ではないだろう。しかしセレスにそう思われていたのはちょっとショックだ。もう少し言動に気を遣おう。


 「………まぁ。少し…………フザけたのは、認めます」


 「はぁ」


 「………………………」


 「………………………」


 「………………………」


 「………………………」


 手に生暖かい感触がした。


 「……………いこ」


 「あ、はい」


 セレスのお茶目チャレンジにより、橋での再会は悲しいかな永遠の別れとなってしまった。


 心の中ではあるが冥福を祈ろう。


 チェリーオークよ、安らかに眠れ。

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