第21話 沈黙面接
レニウス帝国第3騎士団との遭遇戦から5日。
あれ以後レニウスの者と邂逅することもなく無難な旅路が続いている。
襲ってきた魔物をセレスが倒す。その傍らで池田はアイスウォール引きこもり。戦闘の光景に変化は見られない。所謂足手纏いからの脱却は果たしたが、依然として攻勢に参加しないあたり戦力には数えられない。加えて一般漫画の盲目キャラよろしく気配察知や心眼といった能力には縁がない。黙って自衛に勤めるのが最善と判断。今に至る。
ハッピーなイベントも発生した。ついに野宿で熟睡できたのである。これで何時でもホームがレスな生活へと移行できるだろう。果たしてそうならないことを祈るばかりだ。
まぁ、そんなことより。そんなことよりもだ。
セレス家を出発してから既に15日以上経過している。さすがに少々、いやかなり不安を抱いている。
まさか彼女は方向音痴なのではと。
「あの、セレスティナさん」
「…………なに」
話しかけると応答はある。歩みを止めずに会話を続ける。
「そろそろ着きます?橋」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………………その質問は、受け付けない」
「え」
ちょっと。どうしたセレスティナ・トランス。何というド直球のはぐらし方だろう。もしや自身の失態を誤魔化そうとしているのか。だとしたら。
結構可愛いじゃないか。素直に方向を見失ったと言われるよりよっぽど好感が持てる。なんというか、目の前に食べかけのケーキが提示されているにも関わらず、私じゃなくて幽霊が食べたとか下手な言い訳をする愛娘に近しい可愛さを感じた。動画サイトやSNSに転がっている切り抜き的な。
とりあえず犯人の自白を促す。
「セレスティナさん、もしかしてですよ。道に迷って――」
と言葉を紡ごうとした瞬間。
いきなり視界が開けた感触と共に少し粘つくような風が頬を打擲した。それと同時になにか懐かしいにおいが鼻腔をくすぐる。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「……………………なに?」
「えーと、いや、その…………もしかして、橋に到着しました?」
「……………うん」
うわ。なんというタイミングだろう。こいつ絶対いまドヤ顔してる。稀に見る無表情ドヤだ。
「………行く」
「あ、はい」
セレスに手をひかれる。地面の感触からすると小さな石がコロコロする川辺タイプの道だ。今まで圧迫していた木々の気配は無くなった。随分視界がクリアとなっている。
少し歩いてセレスが止まる。それと同時に前方の空間から生き物の気配を感じた。
「止まれ」
野太い声が聞こえた。少なくとも40は超えているように思う。俺達に向けて発せられたようだ。
「向こう側への渡河希望者か」
「…………」
「…………」
「…………」
「おい、聞いて――」
「……………うん」
向こう側とは獣人国のことだろう。それにしても、今更ではあるがセレスの受け答えスピードは一般時の許容レベルを逸脱しているだろう。せっかちな御仁ではぶちキレてもおかしくない。
「そうか。通行許可証もしくは身分を証明できるモノを持っているか」
どうやらここでは検問っぽいことをしているらしい。以前セレスに伺った話では、紅魔族と獣人族は敵対関係になく友好関係でもないとのこと。所謂中立というやつだろう。つまりは犯罪者や危険人物を互いの国へ入国させないため身分の確認を行っていると思われる。
とはいえ。これは困ったことになりそうだ。果たして彼女は身分証を所持しているのか。いざという時は口を挟ませていただこう。
「………………」
「………………」
「…………通行許可証は……ない」
「では、身分を証明できるモノは?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………なんとか言ったら――」
「…………何を、見せればいいの」
「あ、ああ。職業証明書。商売許可証。ギルドカード。家紋。家伝魔法。いずれかだ」
前項の2つは一般社会における普遍的な身分証と言えよう。後項の3つはこの世界独特の証明方法だ。ギルドカードはともかく、家紋、家伝の魔法が身分を保証する事実は想像に難い。
「………………じゃあ、家伝の魔法」
「家伝の魔法か……では、この場で披露してもらおう」
家伝の魔法を選択したセレスティナ。そもそも目の前の検問係は紅魔族の家伝魔法を全てインプットしているのだろうか。披露したところで知らねぇなと素気無くされたらどうしていいか分からない。とはいえ身分証明の方法はその1点にしか光明を見出せない。やらざるを得ないだろう。
問題はもう1つある。トランス家の家伝魔法はダークワールド。見た者全てに状態異常:暗闇の効果をもたらす魔法だ。どのように証明するというのか。検問係に魔法を披露した場合、失明すること間違いなしだろう。だからといって、目を閉じた状態で家伝魔法を確認出来るはずもない。
「………」
まさかとは思うが。検問を盲目状態にして彼が右往左往している隙に橋を渡る作戦だろうか。恐ろしい。100%遺恨を残すだろう。しかし方法の1つには数えられる。いわゆる外道作戦と言えよう。ただセレスの性格を鑑みると思いついたところで実行に移す可能性は低い。彼女は優しすぎる。
「……………いいけど………目が見えなくなっちゃう、から」
「あ?目が見えなく…………暗闇効果を持つ魔法か」
「……………ダークワールド、っていう」
「なっ。ま、まさかお前、トランス家の者か!」
「えぇ…?」
驚愕の声を上げる検問。急にテンションが上がった。思わずビクッとしたではないか。
にしてもまたもや印籠紛いのトランス効果だ。今まで出会った奴らは余すことなくトランス家を存じ上げている。もしかすると俺は、とんでもない家系のお嬢様と知り合いになったのだろうか。
「………………」
実はセレスティナ、魔族を統べる王の末裔だったとか。そこらへんに転がっている小説や漫画で多分に見られる設定である。それにしては見た目が地味過ぎるが、王族の全員が見目麗しいわけもない。それにしたって平凡が過ぎているけども。
「しかし、むむ。さすがにダークワールドを直に確かめることはできん。だがそれでは身分の証明が……」
お悩み中。ひたすら迷っていらっしゃる様子。
「だとしたら、他に方法は………そうだな、うむ。やむを得ん」
どうやらまとまったらしい。何故か俺がドキドキしている。
「娘よ、何点か質問に答えてもらう。全ての回答がこちらの想定通りであれば橋の通行を許可しよう」
「………………」
実技試験はいったん中断とし、面接に移行したようだ。ド沈黙お嬢様には少々荷が重い局面である。がんばれ、がんばれという思いを込めて握っている手に力を入れる。
「まず初め。自身の名前を答えよ」
「…………セレスティナ・トランス」
「……次。父親の死亡時の年齢は」
「………………」
「………………」
「………………………38」
「…………最後だ。父親の死因は」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「……………………分からない。死んだとしか……聞かされてない」
「なるほど」
握っている手がピクッと動く。セレスの汗で少々汗ばんでいる。表情には出ていないだろうが、過去の嫌な思い出を強制的に回顧させられた感情が身体に現れているのだろう。
「分かった。問いに対する答えより君がトランス家の者であることが証明された。不躾な問いを発してしまい申し訳ない。通行を許可しよう」
「…………そう」
「おお」
何やら婉曲的な質問ばかりであったが、結果として合格らしい。手を握る強さが弱まったあたり、彼女もホッとしたようだ。
「初めははその外見により気付かなかったが、間違いなく君はトランス家の忘れ形見であろう。つまりは引き連れし男の身分も保証される。2人とも通ってよし」
どうやら俺も無問題らしい。トランス家様様だ。
しかし。レニウス帝国の騎士団長に続いてまたもや外見の話をしている。なんだろうか、成長すると巨大化したり人外化したりするのかな。魔族というのだから人外化の可能性が高いだろうか。全身紫で角が生えてきたりしてね。それはそれで見てみたい気持ちもある。
「……………行く」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ん?あぁ、ご苦労さん。気をつけてな」
大体の位置を見定めて頭を下げあいさつを交わす。
こうして。
ようやく俺たちは獣人国へと続く橋へ足を踏み入れた。
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