第20話 小心者の悪あがき

 周囲がぞろぞろと動き出す気配を感じる。団長の指示から察するに、どうやら咄嗟にダークワールドの魔法を躱した者が数名いるらしい。シリウスも回避した雰囲気。さすが騎士団長といったところか。


 「……………」


 セレスは沈黙を保っている。どうやら追撃する気はないようだ。唐突に何の理由も無く自身へと襲い掛かってきたというのに。優しいのか、もしくは興味がないのか。


 「…………」


 うーん。


 なんだろうか。


 敵が撤退すると分かった影響か、沸々とやる気がこみ上がってきた。先程まで感じていた恐怖やら不安やらはどこかへ消え去ってしまったようだ。


 今なら。今のタイミングなら一矢報いることが出来るかもしれない。


 殺しにかかってきて、負けそうだから逃げようなんて少々都合が良すぎるだろう。事なかれ主義の俺ですら怒りを覚えざるを得ない。


 とはいえ。敵を攻撃しようにも所在が掴めないため暴言を浴びせる程度にする。そもそもセレスに迷惑をかけない範囲でやり返す必要がある。ゆえに言葉。撤退準備の手を少しだけ止める程度の暴言を吐かせて頂こう。


 さて。勢いそのまま言葉を紡ぐと十中八九噛んだりつっかえたりしてグダグダになるのは目に見えている。一度心の中で文面を考えてから言葉に乗せよう。課長や部長に話しかける時はいつもそうしている。


 うん。うん。


 よし。


 これでいこう。


 気持ち一歩前へ踏み出す。コツンと氷壁に靴がぶつかった。


 「………………シリウス・マーキュリーと言いましたか」


 「……あ?なんだ、貴様は」


 こちらへ振り向いた模様。一気に言葉を紡ぐ。


 「敵の力を測ることも出来ず邁進する姿、その辺りの魔物と一緒ですね。勝ち目のない戦に挑み部下を危険な目に遭わせる貴方が滑稽で仕方ありません。さっさと失せなさい、このなんちゃって団長」


 「黙れ三下が!!!殺すぞ!」


 「ひぃっ」


 ……………………


 ……………


 ……


 うん。


 「………………何が、したかったの」


 「ごめんなさい」


 その後。


 第3騎士団は多少もたつきながらも撤退した。オシリスが捨て台詞を吐いていた気がするが忘れた。




 ★★★★




 騎士団襲来の夜。


 謎肉と謎野菜が入ったちょっと辛い系のスープをセレス様に食べさせてもらいながら質問を投げかける。


 「あむあむ…………そういえば、襲撃してきた第3騎士団。なぜ紅魔族領にいたのでしょう。ご存知ですか」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………………たぶん、だけど」


 セレス様が俺の膝をトントンする。口を開けて、の合図である。素直に口を開ける。スープが入ってくる。咀嚼する。


 「……………軍事演習、だと思う。紅魔族領は……魔物が、たくさんいるから」


 「もぐもぐ………国境は無いのですか。検問は?」


 「……………ある。だから、分からない。…………あの人数が、どうやって………紅魔族領へ、渡ったのか」


 セレスの言動から推測する。現在紅魔族とレニウス帝国との間に戦は起きておらず、国境には検問が置かれ入退場は厳重に制限されている。もちろん第3騎士団は危険分子として扱われる存在であり、門所を通過できるとは思えない。そんな中、紅魔族領に出没した彼らは極めて異端であると。


 特殊な魔法でも使用したのだろうか。転移やワープ等の。それか転移門があったりとか。さすがにふぁんたじーが過ぎるか。


 しかしレニウス帝国の騎士団が全員あのような感じであるなら、帝国ヤバ過ぎるな。好戦的にも程がある。しかも魔族なら誰彼かまわず襲ってくる気配があった。敵対視し過ぎだろう。ニンゲンとして当然の反応かもしれないが、セレスを知った俺はその当然に違和感を持たざる得ない。

 

 ひとまずは今後、神聖レニウス帝国へは近寄らないようにしよう。触らぬ神にたたりなし。


 「また襲ってくると思います?」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「…………………たぶん、大丈夫だと、思う。少なくとも、私は…………今まで、会ったことなかった。だから、今日出会ったのは……偶然。偶然は…………続かない」


 「えーと」


 俺が確認したかったのは、第3騎士団が復讐に駆られてまた襲いかかって来やしないか、という懸念なのだが。


 ただ、よくよく思い返してみると、騎士団の連中はほぼダークワールドの被害者である。1日や2日で永続状態異常:暗闇を回復する術などないだろう。大丈夫な気がしてきた。


 「…………おかわり、いる?」


 「いえ、大丈夫です。ご馳走さまでした。今日も美味しかったです」


 「…………うん」


 さて、ご飯も食べたし騎士団の件も片付いた。寝ようか。最近は固い地面へ背中を預けることに違和感を覚えなくなってきた。快眠まであと一歩といったところだ。


 「………………1つ、言っておくけど」


 セレス様がぼやいた。珍しい。


 「なんでしょうか」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「…………やっぱり、言わない」


 「え、ちょ」


 なんだそれ。俺はズッコケればいいのか。


 「…………おやすみ」


 「あの」


 「………」


 「セレスティナさん?」


 「うるさい」


 「え」


 おい。


 何なんだこの女は。まるで意味が分からない。1つ言ってくれよ。不安で快眠が遠のくじゃないか。


 あと。


 まだ歯を磨いてもらっていないのですが。

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