第19話 遭遇戦

 「え、あ。うそ」


 声に抑揚がないため危機の度合いは不明。ただ池田でも感じるほどの嫌な圧迫感は、今までの敵とは一線を画す様相を如実に表している。


 「……………とりあえず、氷の壁……出しておいて」


 「分かりました」


 素直に氷の壁を己の四方に作る。手慣れたものだ。


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 敵からの接触は未だ無し。だが徐々に包囲網が狭まっている感じがする。何故か分かる。盲目が他の四感を発達させている。気がする。


 「……………」


 「……………」


 「………くる」


 セレスがつぶやいた瞬間。


 何かが物凄い速さでアイスウォールに接近。カンッ、という音を立てて弾き落とされる。


 それが何十回も連続で。何十回も。


 カンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッカンッ。


 「うぅ……お」


 こわい。なんだこれは。今までにない波状攻撃に心臓がびっくりしている。


 セレスにも敵のカンカンアタックは向かっているようだ。ときおり「ファイヤーボール」や「ファイヤーボール」という寝ぼけ声を耳が拾うあたり、無難に対処しているのだろう。


 何分かその連続が続いた後。ふと敵の攻撃が止まる。


 「………………」


 「………………」


 「………やるな、魔族」

 

 のっそりと、決して近くはない距離から声が発せられた。


 「おぉ…」


 セレス以外の人声。久々に聞いた。


 声色から考えると年齢は15~50歳、性別は男ないし女。言葉遣いから察するに相当地位が高い人物、もしくは路上暮らし。そんなところだろう。


 「……………」


 「……………」


 「………………だれ」


 「私はシリウス。シリウス・マーキュリー。神聖レニウス帝国第3騎士団団長だ」


 レニウス帝国。たしか紅魔族領の東に位置する国。過去、もしくは現在も紅魔族と敵対している国家だと記憶している。そんな国の騎士団長様が目の前に現れた。


 これはどういう展開だ。


 「小さな女と貧弱そうな男。見逃してやろうかと思ったが、魔族は皆平等に殺す。それが第3騎士団の使命だ」


 お前平等の使い方間違っているぞ、なんて軽口を聞ける雰囲気でもない。そもそも突然の殺人宣言に心臓がバクついて声を発することさえ困難だ。


 うぅ。心臓が痛い。怖い。我ながら小心者過ぎる。


 「…………戦うの?」


 「戦わん。蹂躙するだけだ。貴様らはただ黙って突っ立っていればいい。それだけで、事足りる」


 言動も怖い。コンビニの前でたむろしているヤンキーの兄ちゃんより数倍怖い。これが歴戦の重みだろうか。だとすると人を殺めたか否かがこの世界のヒエラルキーに直結しているのかもしれない。


 「……………………そう」


 普段とは異なる重い呟きだった。


 戦いが再開する予感。池田はどうすればいいんだ。とりあえずアイスウォールを張り直すか。3枚くらい重ね張りしよう。少なくともセレスの戦いを邪魔してはいけない。


 俺がアイスウォールを再作成した直後、敵が動いた。


 「弓構え!撃て!」


 号令。その後に矢と思しき飛翔体がビュンビュン氷の壁へ直撃し、ポトンポトンと地面に落ちていく。恐らくは先ほどの攻撃も集団による弓矢だったのだろう。発言はシリウス団長のみだったが、その周囲には騎士団員が控えているに違いない。妙な圧迫感も説明がつく。


 しかし、なんだ。当たらなければどうということはない。


 「やはり効かんか。では、弓戻せ。魔法準備!」


 「え」


 魔法だと。しかも号令をかけたという事は集団による魔法。数十人以上は控えていると思われる第3騎士団の魔法を一気に食らったともなると我が氷壁は耐えられるのか。無理だ。どうしよう。際限なく重ね張りするか。


 「闇よ、私に従え――――――――ダークワールド」


 と保身に走っている傍ら。炎に続いてイケダのトラウマとなった例のエターナル・ブラインドが発動されたようだ。魔法名を耳にしただけで鳥肌が立つ。


 しかし。


 これで勝てる。


 「なっ、うわぁぁぁ!」「目が!目が!」「うあ、前が、見えん」「どうなっている!これはどういうことだ!」「いやー!いやだー!」


 一斉に周囲から悲鳴が発せられる。阿鼻叫喚のオーケストラ。指揮者はセレスティナ・トランス。どうやらバッチリとセレスの魔法が決まったようだ。


 「……………」


 「き、貴様、その魔法…………まさか」


 オシリスだかプリウスだかが驚愕の声を上げる。


 「間違いない。トランス家の者だな!」


 「……………」


 どうやら彼はセレス家をご存じらしい。レニウス帝国では有名なのだろうか。それとも個人的に詳しいだけか。「トランス家」と指すあたり、彼女自身ではなく両親か祖父母が有名なのかもしれない。


 「いや、しかし、その姿は…………………成人前ということか。俺としたことが……抜かったわ」


 気になる発言だ。自己完結させないできちんと説明してほしい。


 「…………………まだ、やる?」


 「くっ………」


 思わず息を詰まらせる団長。当初の威勢は既に消え失せている。トランス家の名前とダークワールドが存外に影響を与えた模様だ。


 「………第3騎士団、撤退するぞ。目の見える者は暗闇にかかった者を連れ、退け!急げ!」

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