第18話 沈黙の洗礼

 セレス家を出発して早7日。


 ボンヤリする頭と疲れる足にときたま回復魔法をかけながら旅路は続く。

 

 初めの頃よりは地面で寝ることを苦痛と感じなくなった。足も僅かながら疲れにくくなった。重畳である。やはり人間は慣れる生き物のようだ。


 「セレスティナさん、好きな人います?」


 旅路に少々の余裕が出てきたところで不躾な質問もしてみる。唐突過ぎるし情緒もない。ただこの程度の質問ができる程度には仲を深めたことを認めて欲しい。そこだけをクローズアップしてくれ。


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………お父さんと、お母さん」


 「あ、いや」


 またもやディスコミュニケーション。他界した両親の事を回顧させるなど愚の骨頂。何とか方向転換を試みる。


 「えーと、そのですね。家族以外でいます?」


 「…………………………」


 「…………………………」


 「………………いない」


 「あー」


 そうか。あのような僻地で独り暮らしをしている寡黙なフツウーメンに男性との縁があるとは思えない。まさしく愚問だったようだ。


 「では、どんな男性が好みです?」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………………知らない」


 「そこをなんとか」


 すごく知りたいというわけではない。ただ会話を続けたい。沈黙も嫌いではないが、たまにはガールズなトークもしたいのだ。


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」 


 「……………………………強いて言うなら、うるさくない人」


 「あ」


 それは。


 遠まわしに池田うるさいと。そういうことだろうか。


 「すみません、少し黙ります」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 別に。


 悪くない旅だ。本当にそう思う。


 若い女性と2人きりで旅行する機会などそうそう訪れない。しかも三食、介護、ジト目付き。至れり尽くせりである。


 むしろ今まで文句を言ってこなかったのが不思議なくらいだ。歩くの遅いとか。手汗キモいとか。髭まみれの顔消えろとか。


 ああ、そうだ。そうだよ。静かにしろと言われたら静かにしよう。なにも難しい話じゃない。


 「…………………」


 セレスが急に立ち止まった。


 なんだ。敵か。いや。音も気配も感じない。


 む。


 「………………」


 本当に何だろう。気配が希薄なモンスターが現れたか。だとしたらセレスが何の行動も起こさないのはおかしい。声は発さずとも攻撃を仕掛けるはずだ。


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……えー、と」


 こわ。この沈黙怖すぎ。1週間前が期限だった見積書を課長に提出した際と同様の空気感だ。マジでブチギレ5秒前といったところ。


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「…………うるさいのは、嫌」


 「え」


 「……………………でも、お話は、嫌じゃない」


 「あ、はい」


 なんだおい。


 おいおい。ビビらせるではないか。少々足がガクガクいってしまっただろうに。


 どうやら気を遣って頂けたらしい。うるさくない程度に話しかけてきていいよと。優しいのか言葉足らずなのか判断に迷うところだが、こういう場合はポジティブに考えるべきだ。


 では早速お話の続きといこうか。


 「えー、そうですね。なに話そうかな。それじゃあ……」


 「うるさい」


 「え」


 なんで?




 ★★★★




 さらに4日後。


 今日も変わらずセレス様に連れられ歩く。


 現在どこにいるのか、どの程度で橋に到着するのか、まったく分からない。そう、まったく。


 流石にセレス様へ確認を取った。曰く橋に近づいてはいるという。それ以外はまったく分からないとのこと。そう、まったく。


 襲い掛かってくる魔物はセレス様が撃破している。その様はまるで工場におけるライン作業のよう。性格を考慮しても目茶目茶工員が似合いそうだ。セレスティナ工場長。アリである。一方俺は相変わらずの氷四方固め。若干柔道技っぽいのが割と気に入っている。名前だけだが。


 ときたまセレスでも出会ったことが無い魔物に遭遇するらしい。とはいえそこは熟練工。難なく撃退しているようだ。これは魔物が弱いのか、はたまたセレスが極強なのか。俺は絶対後者だと思う。


 途切れ途切れではあるものの会話は続いている。これが意外と楽しい。盲目も相まって唯一の娯楽と言っていい。


 もちろん日本時代も多くの女性と会話を交わしてきた。しかしその中にはどうしても楽しめない相手がいた。というか過半数がそうだった。会話内容が悪いのかそれとも相手が問題なのか。適当な会話を続けては疲れて帰る日々。無駄な時間を過ごしたと思うこともしばしば。


 だがセレスとの会話は楽しい。こちらも理由は分からない。だけど楽しい。もしかすると、俺は徐々に惹かれつつあるのかもしれない。



 「………………止まる」


 止まった。それと同時に何か嫌な空気を感じる。あれだ、人通りの少ない夜道を歩いている際、ずっと誰かに見られているような感じ。


 「………………………」


 「………………………」


 「………………………」


 「……………囲まれた、みたい」


 

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