第17話 不夜城

 「………ファイヤーブーメラン」


 セレスのつぶやきが聞こえた。ファイヤーボールではない。新種の魔法だろうか。そこはかとなくネーミングセンスにダサさを感じてしまう。90年代のRPG臭がする。


 ぶちゅ!ばちゅ!


 「きゅぁぁぁぁ!!」


 「え?え?」


 何かが引き千切られる音がした後、デスクラブタートルが絶叫する。声だけで痛そうだ。


 「………ファイヤーボール」


 御馴染みの火の球。一瞬の後、何かが破裂する音がした。


 「……………」

 

 「……………」


 「……………」

 

 「………終わった」


 「えーと」


 「……なに」


 「戦闘の過程を聞いてもよろしいですか」


 俺が攻撃を受けた程度しか把握出来ていない。


 「……」


 「……」


 「…………デスクラブタートルは、自分の……大きくて硬い手を伸ばして、攻撃してくる」


 「大きくてかたい」


 1度は言われてみたい言葉だ。


 「……あなたの、氷の壁を………攻撃してたのは、デスクラブタートルの……手」


 「なるほど」


 そのためのアイスウォールだったか。もしかすると、今まで出現した敵の中には遠距離攻撃の手段を用いる輩はいなかったのかもしれない。


 今回初めて現れた。そのためアイスウォール作成の指示が出された。つまりそういうことだろう。


 「………ファイヤーブーメランで、伸びきった手を……千切って、その後………ファイヤボールで、仕留めた」


 「おお」


 相変わらず手際が見事だ。敵の攻撃手段を潰してから仕留める。確実なやり方である。池田の氷壁を信じてくれたのも有難い話だ。戦力ではないにしろ、自衛能力は認められているということだろう。今後どしどし評価を上げていきたい。


 しかし、よく敵の情報がすらすらと出てくるものだ。魔物図鑑のようなものを持ち歩いているのだろうか。もしくはそうか、刃を交えた経験があるのだろう。


 20年近くこの地で暮らしていると言っていた。さらにレベルは75と高ランカーだ。決して少なくない数の魔物を葬ってきたことが推察される。セレス討伐魔物コレクションは随分埋まっているに違いない。


 「………………ねぇ」


 「あ、はい。なんでしょう」


 「………………」


 「………………」


 「…………いつまで、氷の中にいるの」


 「ああ」


 そういえばアイスウォールに包まれたままであった。よし、解除しよう。よし。


 どうやって。


 「あの、どのようにして解除すればよろしいのでしょうか」


 「………………」


 「………………」


 「……知らない」


 「ですよね」


 触ってみよう。ペタペタ。叩いてみよう。トントン。


 「……………」


 ダメだ、無理。我ながらすごく固い。割れそうにない。


 では発生方法と同様、念じてみるのは如何だろうか。氷壁よ消えろと。


 「消えろ!」


 氷壁に触れつつらしからぬ大声を発してみる。するとどうしたことだろうか。


 少々脈打った後、次第にお落ち着きを見せ、終いには当初の様相を取り戻した。


 つまりアイスウォール健在。見事なまでの不発。とはいえ脈動は感じられた。可能性はゼロじゃない。もしかすると、レベルの上昇と共に自身の氷を消失できるかもしれない。未来に期待しよう。


 ともあれ今回は潔く諦めることとして。氷が霧散するまでの約5分間、ただただ居た堪れない空気を味わっていた。




 ★★★★




 旅立ち初日の夜。

 

 セレス飯を食べ終え、歯を磨き、あとは就寝するだけの状態となる。


 ふぁんたじー異世界の夜といえば、魔物からの襲撃に備え交代で寝ずの番をするのが必須のように思う。しかし池田は盲目。役に立たない。どうしようかと思い悩んでいると、セレス様が魔法をかけてきた。


 闇魔法「隠蔽」らしい。特定のモノを目立たなくさせる魔法。これ1つであら不思議、危険極まる森の夜も安全に過ごせちゃう、ようだ。実際に隠蔽を纏い何度か夜森を過ごした経験があるらしい。その間1度も魔物に襲われなかったとのこと。


 もう俺ではなくセレスの存在自体がチートではなかろうかと。神様の贈り物を上手く生かせていない池田にも問題はあるだろうけども。


 そんなこんなで安全に就寝できる環境となる。


 しかし池田、眠れない。地面が固くて眠れない。背中が痛くて眠れない。日本という半ば人生イージーモードが確約された環境で育ったパンピーは1度も地べたで寝た経験など無し。自らの過去を悔やむ。


 「寝れない」


 なにか、柔らかいモノを生み出す魔法はないのか。ウォーターベッド。せんべい布団でもいい。欲しい。


 しかしながら俺の持つ魔法は例のあれ。氷魔法。固いモノしか生み出さない悲劇のマジカル。痛恨のミスである。アイスベッドの需要なんて

あるのか。


 「………」


 こんなところで詰むとは思わなんだ。お、値段以上の会社を愛用していた自分が悪いのか。あんな柔らかくて寝やすいベッドを販売しているなど今となっては極悪の所業と思える。池田屋大火事事件で池田と共に前世を去ってしまったことが悔やまれる。どうせなら俺と共に異世界へ転移すればよかったものを。


 駄目だ。寝れなくてイライラする。


 食欲と性欲は能動的に行動すれば解消できる。しかし睡眠欲は努力だけで解決できない。こういう時こそ薬の力が必要だというのに。睡眠薬などというレアアイテムは持ち合わせていない。


「…………」


 早急に睡眠魔法「スリープ」を会得する必要がある。毎日の安眠を得るために。


 とか思っている間も睡魔は一向に訪れない。身体は疲労を感じているはずなのにまったく眠れないという最悪のジレンマ。


 「……はぁ」


 仕方がない。


 明日は回復魔法を多用することになりそうだ。

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