第16話 A secret makes a man man

 昼食を挟んでさらに歩く。


 先導が歩行場所を峻別しているからだろうか。つまずいたり転んだりすることは滅多にない。


 たまに立ち止まって「ファイヤーボール」という呟きと共に何かを焼き払う音がする。魔物の断末魔が聞こえない以上、障害物と思しき生い茂る草木を焼却しているのだろう。


 ありがたい。何から何までお世話になりっぱなしだ。


 この辺りで1つお礼がしたい。適当なものはあるだろうか。


 ないか。


 いや、あるな。


 「セレスティナさん。足、疲れてません?」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「……………………べつに」


 それちょっと古くないすか、とツッコみそうになるのをグッと抑える。まさか彼女がジャパンの女優を知っているはずもあるまい。


 とりあえず強がりだと判断して強制執行に移る。手を繋いでいない方の手をおおよそセレス様の足元へとかざす。


 回復。回復。心の中で念じる。


 ブォン音が聞こえる。上手く発動できたようだ。


 「………………」


 「………………」


 セレスが立ち止まる。そして振り向いた。たぶん。


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「………なんか、した?」


 「セレスティナさんの足に回復魔法をかけました」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「…………やっぱり。回復魔法……使えるなら……………先に、言って」


 「あ」


 何事もなかったかのように歩き出す。


 しまった。そういえば伝え忘れていた。先日披露したのは氷魔法だけだった。


 とても好感度が下がった予感。女性を攻略するゲームならば、今のイベントでルートが途絶えること間違いなしだろう。なぜ選択肢でセーブし忘れたんだ。


 やはり秘密を抱え過ぎるのはよくない。話してはいけないこともあろうが、話せることは話しておいた方がいい。特に信頼できる相手へは。


 秘密主義などフィクションの中ではかっこよさげに見える一方、現実ではこんなものだ。百害あって一利なし。


 「…………ただ」


 「え、はい」


 どうやら続きがあるようだ。


 「………………」


 「………………」


 「……………………足の疲れは、無くなった。………ありがとう」


 「お、おお…いえ、あの、そのですね。回復魔法の件を伝えておらず、すみませんでした」


 反射的に謝罪する。ありがたい。ありがたいが、ここは感謝を示すのではなく謝るのが先だ。盲目ながら頭も下げる。


 それにしても、優しすぎて涙が出そうだ。ここまで優しい、というか気遣いできる女性が今までイケダの人生に現れただろうか。大学時代に女子高生ヤンキーにパシられた経験を持つこのイケダのヒストリーに。


 願わくば日本時代に出会いたかった。


 「……ん」


 などと過去の思い出に浸っていたところ、またもやセレスが立ち止まった。


 今度はなんだ。


 「………………デスクラブタートル、2匹」


 「えーと」


 なんだろう。呪文かな。


 いや、あぁ、そうか。分かった。今のは魔物の名前と数を指しているのだろう。俺がエンカウント毎に確認していたから、先んじて発表したという事か。


 戦闘は本日8回目。俺も幾分は落ち着いている。


 しかしデスクラブタートルとな。どんな姿をしているのだろう。亀の誓いにより召喚されたのであれば強敵間違いなしだが。


 「……………氷の壁。作れる?」


 「え、あ、え、は、はい。作れますよ」


 戦闘において初めての要請。緊張度は一気にMAX。盲目である都合、1度でもセレスの指示に背ければ死が待ち受けている。


 「どこに作りましょうか」


 「…………あなたの周り、四方に。隙間なく。できる?」


 「ええ、はい。了解です」


 セレスの期待を裏切るわけにはいかない。集中だ、集中しろ。目が見えないのだ。明確なイメージを持つ必要がある。


 自信を囲う形で四方隙間なく氷の壁を作る。イメージは中をくりぬいた四角い箱。高さは俺の身長よりちょっと高いくらい。


 よし。いける。


 「アイスウォール!」


 叫ぶ。シュピーンという音がするや否や、周囲に何かが構築された気配を感じる。その後四方からひんやり感が身体を突き抜けた。圧迫感を強く意識させられるあたり、予想以上の高層氷壁が出来上がった模様。


 どうだろうか。


 「セレスティナさん」


 「………………」


 「………………」


 ダメ?


 「……………」

 

 「……………」


 「…………………悪くない」


 「おお」


 悪くない頂きました。ありがとうございます。


 「あとは………じっとしてて」


 幸いにも待つ行為は慣れている。両腕を抱え寒さを抑えつつ息を潜める。


 「きゅきゅきゅきゅー!」


 謎の音が前方から発せられた。なんだこの声は。セレスが確変したか。


 いや彼女はこんな甲高い声じゃない。おそらくデスクラブタートルの鳴き声だろう。


 どっ!どっ!


 「うおっ」


 何かが氷壁へ衝突する。なんだ、なにが起きている。丁寧な状況説明が欲しい。


 どっ!どっ!


 「ちょ」


 後方の壁にも何かがぶつかった。本当に何が起きているんだ。敵の攻撃にさらされているのだろうか。


 幸いにもアイスウォールが砕ける様子はない。ならばジッとしておくべきだろう。怖いけど。

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