沈黙の君

第15話 赤い炎と緑の汁男優

 翌朝。


 セレス家とおさらばし獣人国へ向かう。移動手段は徒歩。ひたすら歩くこととなるだろう。


 ザッザッザと。草木を踏む音だけが目的地へ近づくことを教えてくれる。


 そういえば獣人国はどこにあるのだろうか。加えてセレス家からどの程度時間を要するのか。初めに聞いておくべきだった。


 「セレスティナさん、獣人国はどちらにあるのでしょうか」


 歩きながら確認する。ちなみに当然の如く手繋ぎデート状態だ。幾分慣れて来てはいるものの、異性との身体的接触並びに盲目状態が不安やら興奮といった感情を際限なく引き起こす。


 「………北」


 「きた」


 恐らくは方角の事だろう。答えとして間違ってはない。ただ期待とは異なる。


 「ちなみに東には何があります?」


 「…………レニウス帝国」


 「南は?」


 「………黒魔族領」


 「……西は?」


 「………………何もない、と思う。たぶん……海」


 なるほど。東にレニウス帝国、南に黒魔族領、北に獣人国、西は海。それが紅魔族領の立地か。三国に挟まれているあたり、戦争もそれなりの数をこなしていそうだ。願わくば争いに巻き込まれませんように。


 「………………」


 黒魔族ってなんだ。


 「………………獣人国に行くためには…………橋を渡る、必要が…ある」


 「紅魔族領と獣人国の間には川があるのですか」


 「………………川というよりも……海、かも。………1回しか、見たことないから…………自信ないけど」


 海、と表現する所以は対岸まで距離がある表れだろう。であれば橋の大きさも期待できる。レインボーブリッジ越えかもしれない。いくら想像を膨らませたところで盲目状態では確認することも叶わないが。


 「ここから橋までどの程度要しますか」


 「…………………」


 「………」


 「……………10日?」


 なぜ疑問形なのだろう。


 「えーと。橋の正確な位置、把握してます?」


 「…………………」


 「…………………」


 「……………大丈夫」


 「大丈夫て」


 その返事はなんだ。把握してるしていない、ではなく大丈夫とな。それは本当に大丈夫なのか。大丈夫が大丈夫か。


 まぁ把握していないだろう。1度しか見たことないと言っていたし。


 正直なところ不安しか覚えないが、何も知らない目も見えない俺は唯々ついていく他ない。


 無事に橋まで辿り着けますように。



 

 ★★★★


 


 「…………1時間くらい、歩いた。………休憩、する?」


 セレスが立ち止まり、恐らく振り向いて話しかけてきた。


 たしかに足が痛い。家屋でパソコンをいじっていただけの運動不足リーマンの脚力は限界である。今すぐにでもへたり込みたい。


 だがしかし。


 1時間ごとに休憩をとって行軍を妨げるわけにはいかない。ピクニックに来たわけではないのだから。早急にセレスから盲目男を解放するという任務も課されている。


 ということで。


 ここでチートの登場だ。


 足に手を当ててサスサスしながら回復魔法を意識する。おい俺の脚力よ、回復するのかいしないのかい。どっちなんだい。


するとかすかなブォン音と共にスッと足の痛みが消え去った。おお、瞬間回復か。これがレベル10の威力。


 便利だな。本来の用途からは離れてしまったが、会得しておいてよかった。


 「えーと、休憩でしたよね?いや、大丈夫です。行きましょう」


 「………………」


 なんだろう。強い視線を感じる。痛い痛い。


 「なんでしょうか」


 「………………いや。行こ」


 何だろうか。


 「………」


 「………」


 「………」


 行こうとか言ったくせに歩き出さないな。


 などと思って一歩踏み出そうとしたところ。


 腕に強い抵抗が見られた。察するにセレスが進軍を止めたようだ。いったいどうしたというのか。


 「………………ここでジッとしてて」


 そう言うと繋いでいた手をパッと離した。それと同時に心細さがグッと増す。舐めていた飴玉が口の中で溶けていくときのような寂寥感。口の寂しさは手のそれに通ずる所がある。


 「え、あの、どうしたのですか」


 「…………魔物きた」


 「あー」


 出発して1時間。むしろ遅かったと言える。エンカウントしたのはどこのどいつだろうか。


 「どんな魔物です?」


 「…………………」


 「…………………」


 「…………………」


 「…………………」


 「………ファイヤーボール」


 「え」


 池田の質問は炎の勢いで消されてしまったようだ。むしろ戦闘中に話しかけてごめんなさいかもしれない。


 「グギャ!?」「ゴギ!?」「アギャ!?」


 耳障りな叫び声が聞こえた。それと共に何かが連続で爆ぜた音が耳に入った来る。


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「…………………ゴブリン」


 ゴブリン。聞いたことがあるぞ。恐らくはふぁんたじー世界の汁男優達だ。個々はそれ程でもないものの連携力と繁殖力で異世界に華を添えるお茶目な小人達と言った方が分かりやすいか。


 そんな彼らが一体どうしたというんだ。


 「えーと」


 「…………倒した……魔物の…………名前」


 「ああ」


 なるほど。数十秒前の質問に答えてくださったのか。戦闘が終わってからとはセーフティー思考で有難い。


 ゴブリンの断末魔から察するに3匹くらい同時に倒していた気がする。相変わらずの炎捌きだ。


 「…………行く」


 手に暖かな感触。再びハンドトゥーハンド。


 旅行初日の初戦闘はあっけなく終わりを迎えた。

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