第14話 孤独の輪廻

 やって参りました。魔法初披露の場。


 いつもの訓練広場まで連れて来ていただく。


 「セレスティナさん、聞いてください」


 前置きをせず話し出す。


 「……………」


 「……………」


 「………なに」


 よし、言うぞ。


 「実は私は、ま、魔法が使えたのです」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「…………………そう」


 ………………。


 終わった。嘘だろ。まったく興味なしか。大学の講義中に一番後ろの席で堂々とスマホゲームやってる奴かよ。もしくは合コンに来たのにずっと携帯弄ってる奴。興味なしレベルで言えば同程度だろう。


 「…………何の魔法が、使えるの」


 「お」


 会話が続いた。まずいまずい。何事もせっかちに考えるきらいがある。彼女はテンポがゆっくりなのだ。その部分を考慮しなければ。


 「氷魔法です」


 「………見せて」


 その言葉を待っていました。


 さぁ、披露しましょう。池田の氷魔法を。


 「…………」



 どういうのを見せればいいんだろう。手のひらに氷球を出せばいいかな。しかしそれのみを披露したところでセレス様の負担を減らすことには繋がらない。


 少なくとも戦闘中において池田が手間のかからない子であることを証明しなければならない。


 となると防御か。自衛能力があることを示そう。


 氷で自衛。うーん。


 氷壁。安直だが悪くない。


 セレスの前で初披露だ。俺にとっては初めての氷魔法となる。回復魔法は淀みなく使用できた。同じような流れで問題ないだろう。大事なのは想像力と集中力。


 さぁ、どうだ。


 「いでよ、アイスウォール!」


 目の前に氷の壁をイメージする。かなり固い壁。魔力消費は全体の4分の1程度をイメージする。


 数瞬後。シュピーンと謎の音が耳を打った。


 「………」


 これは。


 発動したのではないだろうか。目の前に何やら物体の存在を感じる。ヒンヤリとした空気が肌を撫でた。


 「…………………」


 どうだろう。本当に出来上がってるのか。自身の目で確認できないのがつらい。


 「あの、セレスティナさん?」


 「………………」


 スタスタと。セレス様が近づく気配を感じる。


 数秒後にコンコンという音が聞こえた。恐らく氷の壁をノックしたと思われる。つまり氷魔法は成功したという事だ。


 「……………」


 「セレスティナさん?」


 「…………………」


 「…………………」


 「………………………ちょっと、こっち来て」


 と言われながら左手を掴まれ、体感距離十数メートル移動させられる。


 「………そこで、ジッとしてて」


 「あ、はい」


 セレス様の指示。もちろん従う。いったい何を仕出かす気か。


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「ファイヤーボール」


 「ちょ」


 唐突の炎弾。肌に若干の熱を感じた後、すぐに引いていった。


 「…………」


 状況から察するに。恐らくはファイヤーボールによるアイスウォールの強度検証といったところか。氷壁が砕け散ったら不合格、残ったら合格とか。


 だったら先に言ってくれよと思ってしまうところだが、そこはセレス様。前置きなど不要と言わんばかりの強硬実験である。ちなみに氷激が砕け散る音は聞こえなかった。


 「……………」


 「……………」


 「……分かった」


 「はぁ」


 何やら分かってくれたらしい。


 「……………7日後、獣人国へ……向かう」


 「おぉ」


 これは池田の氷魔法が認められたと思っていいのだろうか。


    


 ★★★★




 6日後。夜。


 ついに明日は旅立ちの日だ。年甲斐もなくドキドキしている。


 この6日間セレスはせかせかと動き回っていた。盲目の池田には何をしているか定かではなかったが、恐らくは畑の整理や屋内の整頓、食糧の確保など旅の準備をうんたらかんたらしていたと思われる。感謝。


 ちなみに飲み水はセレス様の水魔法、食べ物は闇魔法で収納した空間から取り出せるようだ。しかも闇魔法の収納空間は時間の概念がないため、食べ物が腐ることはないとのこと。つまり旅の道中は飲食の心配をせずに済む。相変わらずのセレス魔法だ。


 そんなこんなで出立を明日に控えた夜。ここともおさらばかと思うと年甲斐もなく心が震える。思えば第二の故郷と言っても過言ではないほどの愛着がわいている。


 盲目を治療して、再びこの目で見られる機会が生まれればいいのだが。


 「…………………起きてる?」


 「え、あ、はい」


 なんと出立前日にして初めてセレスから話しかけてきた。しかも起きてる?なんて修学旅行の夜を彷彿させるかも。少々の郷愁さえ感じる。


 果たして用件は何だろう。


 「…………………そう」


 「…………………」


 「…………………」


 「…………………」


 「…………………」


 終わりかい。どうしたおい。


 察するに話題関係なく何かを話したい気分なのだろう。俺もだいぶ彼女の心情を察せられるようになってきた。


 さて。では何を話そうか。


 少々突っ込んだ事案を聞いてみようか。答えたくなければ口を閉ざすだろうし問題あるまい。その時はさっと話題を変えればいい。


 おずおずと口を開く。


 「セレスティナさんの、その…………御両親は、今どこにいるのですか」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………死んだ」


 「あ」


 これ駄目なパターンのやつだ。初手にして最低の質問をしてしまった。少し勇気を出した結果がこれか。


 「それは、その……すみません」


 「……………お父さんも、お母さんも……レニウスとの、戦争で………死んだ」


 「レニウス帝国、ですか」


 「………私が、10歳…………の頃の話。それまで……ここで、3人で…………暮らしてた。お父さんと……お母さんが死んでからは…………1人で、暮らしてる」


 1人暮らしはそういう背景だったか。ある程度予想していたにしろ、かなり重たい話だ。少なくとも現時点ではセレス同様天涯孤独の身であるが、僅か前は自由に両親と会話を交わせる環境にあった。そういう意味ではセレスへの共感は薄い。


 しかし10歳の女の子が単身で魔物がうようよしているこの地で暮らせるというのか。普通は無理だ。セレスだからこそ為せた芸当だろう。ニンゲンはもちろん魔族が皆こうだとは思えない。やはり彼女は異常な存在に分類されるだろう。


 「街へ………他の魔族がいるところへ、引っ越すつもりはないのですか」


 「……………」


 「……………」


 「………ここが、私の……家だから」


 「そうですか」


 「……でも」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 ……………………


 「…………寝る」


 「え」


 「……………」


 「あ、はい。貴重なお話をありがとうございます。おやすみなさい」


 続きが気になるところで終わった。次回予告も無しとは少々寂しい限りである。


 とはいえ話しづらいこともあるだろう。それでなくとも両親の件で心がブルーになっているはずだ。ここは追及せぬが吉。


 ということで。俺も寝ることとする。相変わらず視界は真っ暗のため眼の開閉は意味をなさない。気持ちで。強い気持ちを以って寝る。


 おやすみなさい。



 ……………………………………


 …………………………


 ………………


 ………


 寝れない。


 セレス様はまだ起きているだろうか。寝てるだろうな。


 返事はないかもしれないが、最後の最後にこれだけ、これだけ聞いてみよう。


 一番聞きたくて、一番聞きづらかったこの質問を。


 「セレスティナさん」

 

 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「…………………なぜ、私を助けてくれたのですか?」


 「………………………」


 「………………………」


 「………………………」


 「………………………」


 「………………………」


 「………………………ずっと」










 「……………………………ずっと1人は、寂しいから」


 「……………あぁ」


 なるほど。

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