第9話 レゾンデートル
それにしてもセレス様のお父さんは何でも知っている。RPGでよく見かけるヒント屋を彷彿させる。というよりもセレス様に「お父さんが言ってた…」キャラが出来つつあるのかもしれない。
「つまりは、獣人国の首都へ行けば盲目の治療ができるということですね」
「…………うん。だから………………そこまでは、私が、護衛する」
「マジすか」
思わず「マジ」なんて言葉を使ってしまった。それ程の驚きである。
ちょっとちょっと。優しすぎるだろう。電車で妊婦に席を譲る無口女学生かい。一時期誰かに席を譲りたいがために敢えて優先席に座っていたイカレ人間とはワケが違う。
盲目だからこそ他人の優しさが一層染み渡る。もはやあれだろう、やさしさに包まれたなら目に見えぬ全てのことはメッセージと化している状態と言っても過言ではない。
「ありがとうございます。今まで助けていただいたことも含めて、この恩は必ずお返しします」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
めっちゃ無視されてる。
「……………………ただ、さっきのオークみたいに……イレギュラーは、ある。確実に………護り切れるとは……言えない。それに…………あなたは、盲目。動かないモノほど…………仕留めやすいものは、ない。だから………………最低限の、力は……身につけてもらう」
と思ったら今までで一番長い発言きた。
「えー、具体的にどのような力を身につける必要があるでしょうか」
「………………」
「………………」
「……2つ。1つは………1人で、歩けるように………なること。もう1つは…………私の指示通りに、動けるように……なること」
「なるほど」
本当に最低限といったところだ。
逆を言えば、俺が1人で歩けるようになり、かつセレスの指示に従って行動できるようになれば、盲目男を護りながら敵を撃退できるということだろうか。
とてつもない自信だ。俺が彼女の立場ならば出会って4秒で全滅する。
確かに思い返してみると、オークとの戦いも俺が余計な事をしなければ完勝していたはずだ。一瞬眼を開けただけで何もかもが変わるなんて思わなかった。
彼女の実力は確かだ。ならば信じてついていく他あるまい。池田の生殺与奪をセレスに委ねよう。
「分かりました。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
「………………」
「………………」
「………………」
よし、とにかくポジティブに。行こう。
★★★★
俺は1人、家の中にいる。
セレス様は家の裏にある畑で土作業中だ。
この畑、一度拝見したが見たことのない野菜っぽいものが所狭しと実っていた。恐らく食事に使用している食材は畑の成果物なのだろう。
さらにセレス様、畑の世話の他に掃除洗濯炊事狩猟を1日のルーチンワークとしている。
この世界を訪れて以後、ほぼ不自由なく暮らせているのは彼女のお蔭である。感謝の念しかない。
これでもう少しだけ愛想がよければモテモテだっただろうに。
「…………………」
それはそれでどうだろうか。沈黙を愛する故にセレス様であり、その部分を排除するのは彼女の個性を消すことにならないか。
俺達は無意識化で相手に普遍性を求めている。ある程度顔が良くて、優しくて、愛想があって、家事全般を程よくこなし、時にはドジな一面も見せてくれる。そんな女性が目の前に現れることを待ち望んでいる節がある。
やめよう。セレスはセレスだ。誰も彼女の個性を否定することはできない。
「んー、それにしたって……」
これ以上負担をかけたくない。
セレス様のルーチンワークに池田の介護と池田の自立支援が増える。
まずい。
頼り過ぎだ。
日本時代、プライベート、仕事ともに極力自分の中で完結させ、他人に迷惑をかけない人生を心がけていた。
だというのに異世界では頼りっぱなしだ。それが悪いという訳ではない。人とは互いに支え合って生きるモノ。我々は1人では生きていけない。
ただ今回のケースは10対0で俺が頼り切っている。おんぶにだっこ状態だ。
多少仕方がない部分もあるかもしれないが、やはりいただけない。
セレス様ではなく逆に俺がストレスでやられてしまう。恐らくどこかが禿げる。
「………」
とは言いいつつも。どうやってセレス様の負担を減らすのか。
今の俺には何もない。ほんと何もない。
何も。
「…………」
まずい。盲目が鬱に拍車をかけている。
目も見えず、そして未来も見えず。希望なんて何1つありはしない。本当の意味で、今の俺は世界に取り残されている。
せめて俺がここにいる理由。なぜこの世界に召喚されたのか。それだけでも教えて欲しい。
どうして俺は、ここにいるんだ。
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