第8話 イン・ザ・ダーク

 普通の魔法使い

 魔法名:ブライン

 状態異常:暗闇

 効果:盲目となる。

    命中率と回避率が低下する。

    数分で元に戻る。


 セレスティナ

 魔法名:ダークワールド

 状態異常:暗闇

 効果:盲目となる。

    命中率と回避率が著しく低下する。

    永続。


「………という、感じ」


「なる、ほど」


 場所はセレス家。上半身は白のTシャツ。下半身は布を腰に巻いただけの格好。


 オークとの戦いできっちり尿を漏らしビショビショになったボクサーパンツは、盲目な俺の代わりにセレス様に洗っていただき天日干し中である。


 彼女には頭が上がらない。こうなってはセレスのパンツも洗ってあげなければ割に合わない。


 打診してみるか。


 課長や部長に進言するときなんて、ちょっと声が震えて同期にからかわれることもしばしばの池田だが。年下の女子供には強気で行けるというどうしようもないスキルを持っている。


 言ったれ。


 「セレスティナさん。私の下着を洗っていただいたお礼に、セレスティナさんの御召し物を洗浄いたしましょう」


 「…………………」


 「…………………」


 「…………………」


 「…………………」


 「……………………いらない」


 「はい」


 そうですね。現実逃避が過ぎましたね。


 「…………そんなことより……ごめん」


 謝罪を受けるのはこれで3回目だ。抑揚のない声だがどこか申し訳なさを感じさせる。


 「いえ。何度も申し上げているように、セレスティナさんの忠告を無視した私が悪いのです」


 「………違う。……お父さんに、味方の前では………やるなって言われてた」


 小さく頷く。確かに敵味方問わず永続的に盲目とする魔法なんぞ危険すぎる。特定通常兵器使用禁止制限条約に抵触してもおかしくない。一方で戦場では無限の活躍を秘めているだろう。まず間違いなく、初見で避けるのは困難だから。


 「かのオークは、ダークワールドを使用しなければならないほどの相手だったんですね」


 「……今思うと、他にやり方は、あった。少し……焦っちゃったかも。……ただ、普通のオークは…………ファイヤーボールで、倒れるから。雑魚……ではなかった」


 「なるほど」


 うーん。盲目状態が原因かもしれないが、少々焦り気味の口調にキュンとくる。可愛いじゃないの。それに今まで意識していなかったが声も悪くない。ボソボソスタイルにも関わらず何故か聞きやすい。人ごみの中でも異様に声が通る系かもしれない。


 「………それに……オークは普通…………集団で、行動する……………恐らく、あれは、はぐれオーク」


 「はぐれ」


 はぐれオーク。耳に残る言葉だ。そこに強さの秘密があるのだろうか。


 しかし。かのオークも池田と同様永続的に盲目となっているはずだ。再度エンカウントしたところで脅威にはならないだろう。無論おれではなくセレスにとってだが。


 「そうですか。運が悪かった、ということですね」


 お互いに。


 「…………人に教えるの、初めてだったから。よくよく……思い出すと、お父さんから教わったときは…………………個人で鍛えた後、実践だった。だからたぶん……やり方が、よくなかった」


 「それは、私からは何とも言えません。ですが既に色々とご迷惑をおかけしている上に鍛錬までお付き合いしてもらうのは少々虫の良い話でした。そんな私を見て、どこかの誰かが罰を下したのでしょう」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 目が見えないと沈黙の恐怖が倍増するな。


 「そ、それにしても、あのダークワールドという魔法はすごいですね。紅魔族は全員あの魔法が使えるのですか」


 「………………」


 「………………」


 「……あれは、トランス家にだけ伝わる………魔法。他の魔族は、使えない……………と、思う」


 「おお」


 トランス家の秘術。セレスの家は闇魔法に特化しているだろうか。


 「…………でも、ダークワールドは………万能では、ない」


 味方にも影響を及ぼすからだろう。


 「…………………強力な、回復魔法で…………効果は、消える」


 「え!?」






 驚きのあまり思わず飛び跳ねる。


 お、おぉぉぉ。よかった。


 効果は永続であっても、しょせん状態異常だから元に戻る方法はあると思っていたが。こんなに早く解決策が見つかるとは思わなんだ。


 ふぅー。よかった。


 うんうん。


 「…………」


 正直なところメチャメチャ焦っていた。この先ずっと失明状態なんじゃないかという考えが脳を圧迫し、脂汗かいたりブルーになったりしてた。


 ホッと一安心。とりあえず滑り止めは受かっていた心境。 


 「ということは、今すぐにこの盲目状態からおさらばできるということですね」

 

 「…………できない」


 「できない?」

 

 え。


 「………」


 「………」


 「……………私は、回復魔法が……使えない」


 「あー」


 考えてみればそうか。もし使えるならオークを撃退した後に使用いただけたはずだ。


 そうなるとどうしよう。回復魔法使いのもとへ足を運ぶしかないか。


 「ここから一番近い街であれば、どうでしょうか」


 「……………」 


 「……………」 


 「…………………無理、だと思う」


 なぜだ。嘘だと言ってよ。


 「なぜでしょう」


 「まず……前提として、この世界には、回復魔法を使える者が少ない……って、お父さんが言ってた。それを踏まえて、最寄りの街には……回復魔法の使い手は、いるかもしれない。でも………力が足りない」


 「ん?んー……」


 そうか。確かセレスはこう言っていた。"強力な"回復魔法なら効果を消せると。つまりここから一番近い街にいる術者では、実力不足の可能性大ということだろう。


 何ということだ。八方ふさがりではないか。


 「…………………………お父さんが言ってた」


 「え、あ、な、なんと?」


 唐突が過ぎるぞ。


 「……………」 


 「……………」 


 「………………獣人国の首都にいる……治療師なら……………治せる、って」


「獣人国、ですか」


 ここでまさかの新たな国が出現。


 獣人国。ケモナー御用達の国が存在するというのか。まさしく異世界、まさしくふぁんたじーではないか。盲目治療の件が無くとも行きたい、行かざるを得ないだろう。


 もしかしたら何かの間違いで異種族ラブ展開に発展するかもしれない。

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