第7話 池田、目をつぶって

 セレスの後を黙ってついて行く。恐らく訓練場っぽいところへ向かっているのだろう。


 ざっざっざ。


 彼女の背中をぼんやり見つめながら歩く。


 身長150センチ台の半ば程度。年齢は16歳~20歳といったところか。


 魔族と言っても見た目はニンゲンの女性そのものである。出会った当初、ここが異世界だと信じられなかった理由はそこにある。ヒトの見た目をした女性が自分は魔族だとのたまったところで誰が信用できようか。結果的に魔法を見せられたことで観念せざるを得なかったが。

 

 ヒト型の女性。しかも見た目は若い。それだけで一定の期待を抱いても不思議じゃない。折しも池田は独り身。何の障害も無いと言えよう。


 だが俺はそれを良しとしなかった。何故か。命の恩人だからか。


 違う。そんなことは気にしない。


 年齢的な問題か。


 違う。10代前半ならまだしも後半であれば無問題だ。法律の範囲内で関われば文句も言われまい。


 では何故か。改めて彼女を見つめる。



 ―――――腰まで伸ばした灰髪は紐状のモノで縛りなんちゃってポニーテールを形容している。服装は漆黒のゴスロリ服をきゅっと絞って少しぼろくしたような感じのものをまとっている。スタイルは良くもなければ悪くもない。顔は、眉毛は横一文字、目はつぶら、鼻は低く、唇は小さく薄い。


 要するに、少々見栄えがよろしくない。


 小説などでよく異世界で初めてであった美女とそのままくっつくという展開がある。いわゆるテンプレ、王道というやつだ。


 しかしながら今回のケースは難しい。まず美女でもなければ可愛い系でもない。クラスの中でも目立たない方でギリギリ虐められないくらいの容姿と言ったら伝わるか。


 ブスとは言わないし言えない。俺だって大したルックスじゃない。とはいえ恋愛に発展するかと言われたら首を傾げざるを得ない。


 「…………」


 ただ。


 今のところ性格は抜群だ。少々口下手ではあるものの、それ以外は文句のつけようがない。優しいし素直だし何でも言うこと聞いてくれるしうるさくないし優しいし。ついでに家事全般の腕前も一級品で魔法も使える武具も扱える。


顔だけ。本当にそれだけなのだ。


なぜ肉体の四分の一、五分の一程度しか占めぬ部分にこれ程悩まされなければならないんだ。多少見栄えが悪くてもそれ以外が素敵なら良いじゃないか。


いいじゃないか。


「…………」


はぁ。



「……止まって」


 とか思っていると、セレス様からストップがかかった。もちろん指示に従う。

 

 彼女が右に首を傾けた。俺も同じ動作をする。


「…………」


 なんかいる。


 「あの」


 「……………」


 「いきなり実践ですか」


 20m程度先に緑色の肌をした二足歩行の豚が一匹、木々の間からこちらを睨んでいた。


 体長は2メートルくらい。結構怖い。間違いなく見た目はふぁんたじー代表のオークそのものだ。稀に見る豚面晒してるし。


 「………本番が、全て」


 「そういう考え方もあるでしょうが……」


 スパルタ過ぎだろう。練習無しでオークとか。死んだら元も子もないぞ。


 「…………大丈夫。危なくなったら……………助ける」


 「はぁ」


 だったら大丈夫か、とはならない。


とはいえ近接戦闘を仕掛けろと命じられたわけではない。あくまで遠距離、弓の実践訓練なのだ。危険度はグッと下がる。


やるか。やらないか。年下の少女に背中を押されて前者を選択できるはずもなく。


 「分かりました……やります」


 弓を構え、矢をつがえる。


 それを見たオークが右手に剣をぶら下げつつ左手で盾を構えながらこちらにノソノソと近づいてきた。動きは速くない。


 「ぬぅ……」


 なんか、こんな感じだろうと。テレビだか映画の見よう見まねでグググっと弦をしならせる。


 オークが近づく。


 残距離、15m程度。


 どうする。もう少し待つか。いや、もう我慢できない。というか腕が痛い。


 矢を放つ。


 「ムッ!」


 放った矢はドスンと。


 見事、盾に吸い込まれた。


 「……………」


 「……………」


 当たったよ。


 「………初めてにしては……………上出来」


 「あ、ありがとうございます」


 お褒めの言葉を頂いた。感謝。ビギナーズラック様様だ。


 一方でオークは傷一つ負っていない。ピンピンしている。怒りや驚きといった表情が見えないところは不気味だ。何を考えているのだろう。


 とりあえず池田の訓練は成功に終わったと考えていいだろうか。というかこの距離まで近づかれたら弓では対応できない。後はセレスにお願いしよう。


 「先生、後はお任せしてよろしいでしょうか」


 「………うん」


 ぼそぼそとつぶやいた後、先生の両手に火の球が浮かび上がる。


 「ファイヤーボール」


 オークに向かって2つの火球が飛んでいく。


 豚面はその場から動かず、盾を構えた。


 火球の1つが盾にぶつかり、突き刺さっていた矢ごとボッと燃え上がる。どうやら木製の盾だったようだ。それにしても未だに火は怖い。目にしただけで鳥肌ものである。


 オークは咄嗟に盾を放り投げるが、もう1つの火球が顔めがけて飛んでいく。


 ここで豚の彼はなんと、右手に持っていた剣を異常な速さで振りおろした。


 火球がオークの目の前で真っ二つに切り裂かれる。


 「………………」


 うそでしょ。どんな剣捌きだよ。


 動揺を抱えた状態でセレス様を見やる。


 「…………」


 眉一つ動かさぬ無表情。まったく動じていなかった。さすが沈黙を愛する女と言ったところ。


 「……ヤルナ、コムスメ」


 「え」


 なんかオークが普通に話し出した。少々声が籠っているが明らかに言語を紡いでいる。あれ、ふぁんたじーのオークってこんな感じだったっけ。


 「……………」


 「ワレハジークフリード。コムスメ、ナヲキカセロ」


 無駄にかっこいい名前だった。竜とか倒しても不思議じゃない。


 「…………………」


 しかし小娘は当然の如く無視。右手に火球を現出させる。先ほどのより大きい。倍くらいか。


 「ファイヤーボール」


 オークに向かって放たれる。


 「フン!」


 危なげない動作で切り裂く。


 しかし。なんということか、切り裂かれた火がオークへ向かっていく。火球版自動追跡機能だろうか。素敵すぎる。


「ムッ!」


 ドスン!という音を響かせながらオークの両脇腹に火の粒が当たり、爆ぜる。


 オークは………



 平然と立っていた。


 

 「ククク、カユイゾ。コムスメヨ」


 「おぉ…」


 なにあのオーク。先生のファイヤーボールが効いていないのか。まさかと思うが、初陣にして後半出てくる予定の魔物と遭遇するというバグが発生してしまったのだろうか。IF条件間違っただろ。


 ビビりながらもセレスを見やる。


 「…………………」


 これまた微塵も動じていない。もはや強心臓というよりも失感情症を疑ってしまうレベルだ。


 「サテコムスメヨ、ソロソロホンキヲダシタラドウダ」


 「………………………」


 「ワレハキサマノホンキガ……ム、ソウカ」


 なにか得心した模様。


 徐にオークがセレス様の隣にボケーッと突っ立ている男を睨んだ。つまり俺である。


 「キサマノソンザイガアシカセトナッテイルヨウダ、タンショウヤロウ」


 「え」


 短小野郎って言われた?


 「コロス!」


 と言い放ち、今度は決して遅くない速度で俺に向かってきた。


 「ちょ」


 戦闘能力ほぼゼロの池田はその場から動かない。いや、動けない。


 足が震える。


 やばい。


 死ぬ。


 走馬灯。


 来ない。


 「イケダ、目をつぶって」


 ええいままよと声に従い反射的に目を閉じる。



 「………闇よ、私に従え――――――ダークワールド」


 ブュアーンという聞き慣れない擬音の直後。


 「ン?……ヌオッ!コ、コレハ!」


 突如として豚野郎が喚き出す。


 なんだ、どうなっている。


 「コムスメェェェェェ!!」


 「…………………」


 「ヌォォォォ!!」


 「…………………」


 「ドコダァァァァ!!」


 「…………………」


 何が起こっているのか。オークが何かしらのダメージを受けたことは確かなようだが。


 まさか、セレス様が変身でもしたのか。闇の女王とか。もしくはセレスワールドに迷い込んだオークが自我を失い狂ってしまったか。聖黙女領域(せれすわーるど)的な。ピロッチからのガタポンか。


 「…………」


 見たい。切実に。


 いや、だが。池田、目をつぶってと言われた。


 でも見たい。


 いや、でも。セレス様の信頼を裏切るわけには。


 ただ見たい。


 「…………」




 見るか。


 あとで謝る。たぶん許してくれるはずだ。優しいから。


 豚の喚き声を右から左へと流しながら、1度大きく深呼吸をする。


 すぅーはぁー。


 心の中でセレス様に謝罪しつつ、これくらいならいいだろうと、ちょびっとだけ薄目を。


 開けた。



 















 「………………」


 あれ。


 見えない。眼は、開いている。


 開いている?



 「クソッ!ココハヒク!オボエテイロ、コムスメ!!」


 捨て台詞を吐きながら、恐らく、オークが離れていく。しかし木々の折れる音が散発するあたり道なき道を選択した模様。なぜそちらを逃亡経路に選択したのか。


 自陣営から魔法が放たれる様子がないあたり、追撃はしないようだ。


 とにかく現状が知りたい。


 「せ、セレスティナさん?」

 

 「………………………」


 なんだろう。いつもの沈黙とは少し違う気がする。


 なぜだか少し、動揺している様相が感じられた。


 「あ、あの」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「……………………………………………………ごめん」


 いきなりの謝罪。まるで意味が分からない。血圧だけがグングン上昇していく。


 「ごめん」


 「えーと」


 「…………目、見える?」


 「見えません」


 「…………」


 「…………」 


 「……………私の、魔法にかかったから」


 恋の魔法ですか?なんて冗談を言える空気でもなく。


 「…………」


 「…………」 


 「…………」


 「…………」 


 「……………ダークワールド。闇の魔法。効果は…………相手を、暗闇状態に、する」


 「はぁ」


 暗闇状態というと、恐らく盲目になるということか。


 なるほど。今の俺は状態異常:暗闇となっているのか。指示を無視して目を開けてしまったことが原因だろう。好奇心に負けた結果がこれだ。自身に猛省を促したい。


 ただ失明したわけではないことが分かって一安心。


 「そうですか。それでしたら謝罪するのはこちらの方です。約束を破り眼を開けてしまいすみません。それでえーと、ダークワールドの持続時間はどのくらいですか?」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 ん?


 「…………」


 「…………」 


 「…………」


 「………あの」 


 「……………永続」


 「え」





 え?

 

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