第6話 無能の一歩

 日はまた昇る。


 本日もうまうまの朝食を頂いた後。手分けして室内を掃除しつつセレスに話しかける。


 「セレスティナさん、ここから一番近い街までどの程度の距離がありますか」


 「………………歩いて、7日くらい」


 彼女にこの質問をしたのは訳がある。現状、俺を異世界に転移させた神様的存在からの啓示が出ていない以上、どこへ行けばいいのか何をすればいいのか全く分からぬ五里霧中状態である。


 そんな中1つだけ解消したい問題がある。それは年下と思しき少女の庇護下から脱却することだ。


 セレスには多大な恩がある。俺をレスキューしてくれたこと、無償で食事と住居を提供してくれていること、ほとんどの要望に応えてくれること。まさに至れり尽くせりだ。


 だからこそ彼女に甘え切ってはいけないと思う。それはちっぽけなプライドかもしれないし、年齢や性差による羞恥心かもしれない。


 理由は何であれ今後のためにも自立は必要だ。その第一歩としてセレス家からの脱却、そして付近の街へ移動して仕事に就く。


 もちろんセレスとの関係を断ち切るつもりはない。街へ移動した後も、少しずつだと思うが頂いた恩を返すつもりだ。


「…………」


 しかし1週間か。


 現代日本人の感覚だと街まで7日要する現実は信じられない。丸々1週間歩き通しとか何の苦行だよと思う。だがしかし。街から街まで1週間、もしくはそれ以上の時間が見込まれることがこの世界の常識だとすれば、早急に徒歩という移動手段に慣れる必要はある。


 恐らく野宿の連続だろう。キャンプでさえ億劫に思う俺が適応できるとは思えないが、適応するしかないのだ。


 「……ただ」


 「ただ?」


 なんだ。まだあるのか。


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………」


 「……………魔物が、たくさんいる。……戦う力が無いと………辿り着けない」


 「あー」


 そりゃそうか。外には魔物がいると言っていた。目視で確認もした。


 つまりは強くなる必要がある。最低限自分の身を守れる程度には。しかし魔法は使えない。身体も貧弱。得意スポーツは卓球とテニス。


 どうしろと?


 「………つかぬことをお聞きしますが、セレスティナさんは武器を用いて戦った経験はおありでしょうか」


 「…………」


 「…………」


 「………………ある。お父さんが……教えてくれたから」


 「おお」


 きた。異世界名物チート無双の提供がない現状、地道にコツコツと出来ることを増やすしかない。その先駆けとなるのが武器を用いた戦いだ。


 セレスティナに武器戦闘の経験がある事実は極めて僥倖。早速ご教授いただこう。たとえ付け焼き刃とて無いよりはマシだ。


 「こうしてお世話いただいている身でお願いするのは恐縮ですが、私に武器を用いた戦い方をご教授頂けないでしょうか」

 

 土下座する勢いで嘆願する。


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…いいよ」


 「ありがとうございます!」

 

 焦らすじゃないか。


 今回は沈黙が長いから駄目かと思った。




 ★★★★




 ところ変わって森の広場。


 セレスが家の裏手から持ってきた武器群がずらりと並べられている。総数30にも上るだろうか。


 「……………えーと」


 武器あり過ぎ。お父上の趣味だろうか。トランス家がどこぞの九州大名よろしく戦闘民族である可能性が浮上してきた。トランス四姉妹。


 「……………近距離と、遠距離。……どっちがいい?」


 「あー」


 そうか。武器といえば剣、斧、槍等々近接武器を想像したが、遠距離の武器もあるのか。


 だったら迷わず遠距離だろう。近距離だと確実に瞬殺される。精神的にも肉体的にも難しい。


 「遠距離で」


 「………分かった」


 スタスタと、武器群の右側へ歩いて行く。


 立ち止まり、ジッと武器を見つめる。約3分後。手を伸ばし、一つの武器を取った。


 「…………これ」


 「これは……」


 弓。


 王道であり、正道。


 「………弱い魔物なら……これで倒せる」


 「おお」


 やはりどの世界でも弓は有効な武器であるようだ。文明の発展により様々な遠距離武器が開発される中、結局今でも愛され続けている所以はその生産性、使用性、柔軟性に帰するところが大きいのだろう。一般中流家庭に生まれ闘争とは程遠い人生を送ってきた池田の初武器には最適かもしれない。


 「強い魔物は難しいですか」


 「……倒せない」


 弓の限界か。プレートアーマーでガチガチに固められたニンゲンにさえ通用しないのだ。かすり傷1つつかぬ魔物も存在するだろう。


 「この森に強い魔物は存在しますか」


 「………」


 「………」


 「………いる」


 「いるんだ」


 これは、詰んだかもしれない。


 学生時代のステルススキルは社会人経験を得るとともに失われていった。今の俺に強者から隠れる術はない。


 「……………けど、それを知って……どうするの」


 「ええとですね。一度その、街というものを見てみたくて。ですが今の話では、その地まで辿り着くことさえも困難のようですね」


 「………」


 「………」


 「………………今度、一緒に行く?」


 「おっ」


 きた。現状で最強の戦力が手を差し伸べてくれた。


 正直、これ以上お世話になることは心痛である。だが自分で如何にかできる見通しが立たない以上、この提案を断るはずもない。


 いったい何をどんな形でお渡しすれば今までの恩、負債を返せるのか想像もできない。が、必ず、必ずや何らかの形で恩返しをしようと心に刻む。


 何だかんだ俺は借りを作らない男。万が一何かしら借りた場合は、常に相応以上のものを返してきた自負がある。その信条は異世界でも守られるべきであろう。


 「ありがとうございます。頼らせていただきます。ちなみに、街に魔物が襲来するなんてことありますか」


 「…………」


 「………………」


 「…………」


 「…………」


 「………お父さんは、ほとんどないって……言ってた。あっても………冒険者が、撃退するって」


 「冒険者ですか」


 なんとも異世界チックな響きだ。


 ということはギルドもありそうだな。冒険者ギルド。夢が膨らむ。ファンタジーしてる。


 「………………」


 ではそうだな。こうしよう。街まではセレスに護衛いただく。現地到着後、彼女へ適当な説明をして街に住居を移す。その後は冒険者かその他の職に就きお金を貯める。幾分か溜まったら冒険者ギルドで護衛を雇い、セレスへ渡しに行く。


 道が見えてきた。ひとまずは彼女への恩を返すところまでだが、目標が出来たことは素晴らしい。それこそ世界共通で原動力と成り得るから。


 そうと決めたならどうしよう。弓は習うべきか。全くの素人が多少教わったところで雀の涙に過ぎないとは思う。しかし今後を考えると、やはり自衛手段は持っておくべきだ。


 ということで弓を取る。


 「よろしくお願いします。先生」


 「…………」


 修行開始。

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