第3話 胡蝶の夢

 その後、数時間かけて現状把握に努めた。


 目の前の女の子から聞きだした内容をまとめる。


 ・ここは紅魔族領である 

 ・紅魔族領は大陸の南西に位置している

 ・大陸の名前は知らない

 ・目の前の女の子は紅魔族である

 ・紅魔族とは魔族である

 ・魔族とは人と似て非なる生き物である

 ・この家には女の子1人で住んでいる

 ・家を出て数分歩いた森で倒れていた俺を自宅へ連れ帰った


 とりあえずこんなところ。


 「…………………」


 なんだろうか。展開が謎過ぎて逆に笑けてきた。


 十中八九、日本ではない。あの平和ボケした幸福過剰民族がひしめき合う我が祖国ではない、決して。かといって外国かと問われると、それもまた否。そもそも知らぬ土地で紅魔族と耳慣れぬ言葉を聞いた影響か、俺の知る世界という認識は消え去った。


 序盤から嫌な予感はしていたが、かなり確信へと近づいている。


 「……………」


 いや、待て。早まるな。いくら最近似たようなフィクション展開が増えたからといって、画一的に物事を捉えるのはよくない。


 まだ分からない。そうだ、結論を急ぐ必要はない。


 もう少々考えさせていただく。




 ★★★★




 頭の中は絶賛混乱中だったが、まずは目の前の女の子に感謝の意を示す。


 「見ず知らずの私などを助けていただきありがとうございます」


 「………………」


 だいぶこの無言にも慣れてきた。


 「順序が逆で申し訳ありませんが、名前を教えていただけますか」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………………」


 「………セレスティナ。セレスティナ・トランス」


 外人だ。今更だが顔の造りも日本のそれではない。


 「セレスティナさん、ですね。私は、池田貴志……タカシ・イケダです。よろしくお願いします」


 「………………うん」


 「………………」


 「………………」


 うーん。


 「えーと、そのですね、この後はどうしましょうか」


 「………………」


 「………………」


 「………ごはん、たべる?」


 「お、あ、はい。ご相伴にあずかります」



 ★★★★



 待つこと10分少々。食卓に料理が並べられた。いつもの癖で「いただきます」と手を合わせた後、早速実食。


 ごった煮らしきものとパンっぽいやつを交互に食べる。見たことのない食材が使われているようだったが、セレスティナが黙々と食べているのを見て、意を決して口に入れる。するとどうだろう。なかなかどうして、これが美味いではないか。うまうまと綺麗に完食。


 その後くたびれた敷布団を借り、早々横になる。


 先ほどまでランプの光が煌々と室内を照らしていた。今は真っ暗闇の中、天井に目を向けている。


 少し離れたところで同じような布団にセレスティナも横になっている。


 「………………」


 世界。異なる。世界。


 いや、うーん。やはりラノベ脳、ゲーム脳過ぎなきらいはある。環境ががからりと変わったからといって、すぐにそういう現実逃避系な発想になるのはどうなのか。何とか論理と科学で今の状況を説明できないものか。


 いきなり知らない家で目覚めた件だけならば何かしらの説明はつく。素人ドッキリに巻き込まれたとか、泥酔状態のところを介抱されたとか。


 問題は直前の記憶だ。確かに俺は自宅アパートで火事に巻き込まれた。というか全身に火が燃え移って死んだ、はず。あの痛みが偽物だというのなら、もはや何も信じられない。


 ならばこの身体はなんだ。火傷の跡も無ければ慣れ親しんだ自分の肉体であるのは間違いない。


 確かに奇跡は起きた。だとすればその延長線上に異世界があってもおかしくない。


 焼死から復活 = 奇跡発動 ≒ 異世界


「………………」


 または死後の世界、それか胡蝶の夢という線もある。


 いずれにせよ手持ちのカードではここまでの展開しかできない。


 明日だ。セレスティナからさらに情報を引き出しつつ、この眼で"この世界"を確かめてみよう。

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