〈第3話〉 置いてかないでください。

 そうして僕は、学校の最寄り駅付近にあるスーパーまで連れてこられた。


須藤さんに指示されるがまま、お菓子作りに必要な材料をどんどんカゴにいれていく。

チョコレートはもちろん、卵や砂糖、バターに小麦粉、ココアパウダー……

予想はしていたけれど、それ以上だった。まさかお菓子づくりがこんなにお金のかかるものだったなんて。バターやココアパウダーが1つ300円以上するなんて知らなかった。高級品じゃないか。バレンタインに手作りチョコをもらっている奴らは、このことをちゃんとわかっているのだろうか……ホワイトデーには3倍返しだぞ。手作りしてもらう手間を考えたら、一体何を返せばいいんだ。


「ねえ、なにボケっとしてんの。レジ、あっちだけど」

「え?ああすみません買ってきます」


須藤さんのピリピリした声にハッとする。いけない、つい考え事をしてしまっていた。…いや、現実逃避かもしれない。須藤さんと2人だけの買い物なんて、生きた心地がしなさすぎて。

急いで僕はレジに向かった。…が、須藤さんはなんと別の方角に歩き出した。


「あの、須藤さんは…」


反射的に呼び止めてしまう。

須藤さんは、スマホの画面を見ながら店の出口を指さした。


「友達から着信きてたから外で話してくる。あと、この後も行くところあるんだから急いでよね」

「そうなんですか?」


まさか、初耳だ。買い物はこれだけじゃないのか……

ショックでカゴを落としそうになる。だが須藤さんは「早く行ってきて」と、半ば絶望している僕を片手であしらってそのまま外に出てしまった。



店内に取り残された僕は、もはや考えるのをやめて素直にレジに向かった。





それから、15分後。

僕は駅近くのバラエティショップに来ていた。もちろん、須藤さんも一緒だ。

ファッションビルのワンフロアを占める人気のお店。存在は知っていたけど、入るのは初めてだ。

おしゃれな文具や色とりどりの化粧品、可愛い雑貨…

そして何より、お客さんの圧倒的女子率。彼女もいない男には、ほとんど縁がない空間じゃないか。いるだけで肩身が狭くなる。

けれどもちろん、そんな僕の心情など須藤さんはお構いなしだ。

10分前。場の雰囲気に怖気づいた僕は、左手に下げたスーパーの袋を見せて「外で待ってるよ」と言った。するともれなく須藤さんに睨まれ、ため息をつかれ空いていた右手を掴まれ、容赦なく店の中に放り込まれた。

そして今は、須藤さんと一緒に可愛いリボンや袋といったラッピング用品を選んでいる。

……いや正確には、ラッピング用品を選んでいる須藤さんの隣に立って、無言でじっと待っている。

もう5分くらい経っただろうか。やっぱり店の外で待っていたかった…と思う心をなだめながら、女の子たちの中にいる気まずさをやりすごす。

一方の須藤さんは、まだ全く動く気配はない。どれが良いか、真剣に悩んでいるようだ。


そんな姿を間近で見てしまうと…悔しいことに、ちょっとだけ心がざわついた。


ラッピングひとつに、須藤さんがこんなに時間をかけるなんて思いもよらなかった。クラスではいつも堂々としていて、何に対しても強気で威圧的なのに。

だからいつもは怖いと思ってしまう鋭い目つきの横顔も、健気にラッピングを今だけはちょっと…可愛く見えるような…


「ねえ。この青いチェック柄とピンクのハート柄だったら、どっちがいいと思う?」

「えあっ?」


油断して変な声が出てしまった。まさか急に話しかけられるなんて。

その上、ついわざとらしく目を背けてしまった。ずっと須藤さんを見ていたと思われたくなくて焦ったせいだ…須藤さんが、不満そうに僕を睨んでいるのがわかる。やばい。えっと…どっちがいいか、だっけ。

急いで視線を戻す。須藤さんの右手には青色、左手にはピンク色の、全く雰囲気の違う2つの半透明な袋があった。


「えっと、どっちも可愛いと思いますけど」

「はぁ。そういうの要らないから」

「すみません。でも僕、そういうのあんまりよくわからないですし…」

「…でも、男子的にどっちが可愛いかとかあるでしょ」


不機嫌な須藤さんの声に、僕はまたハッとした。

なるほど、このために僕は連れてこられたのか。いち男子の意見を聞くために。

そう思うと須藤さんの睨み顔も、どこか照れているように見えなくもない。

――ならば、僕も真剣に考えないと。

正直普段の須藤さんのイメージは、かっこいい系の青い方だ。けれどいち男子としては、バレンタインにもらうならハート柄の方が本命っぽくて嬉しいし可愛い。それに…今の須藤さんには、ハート柄の方が似合うような気がする。これがギャップというやつだろうか。


「そしたら…ハート柄がいいんじゃないかと」

「へぇー。やっぱりこういうのが好きなんだ」

「まあ…男子もみんながそうってわけじゃないと思いますけど、こっちの方が可愛いくていいと思います」

「なるほどねー。でも、私は青い方が好きなんだよね」


須藤さんはハート柄の袋をさっと棚に戻しながら、ケロッとした声色でそう言った。

そして、


「じゃあこれ、お願い。レジはあっちだから」


僕に青色のラッピング袋を突き付けた。普段通りの、威圧的な口調と表情で。


「え、僕が買ってくるんですか?」

「当たり前でしょ。あと私喉乾いちゃったから、外で飲み物買ってくる。会計終わったら入り口のとこで待っててよね」


そう言い残すと、須藤さんはまたあっという間にどこかに行ってしまった。

……前言撤回する。須藤さんがちょっとでも可愛く見えたのは、僕の気の迷いだった。やっぱり須藤さんは危険だ。また置き去りにされたことで冷静になれた。

今、僕の左手には重たいスーパーの袋。そして右手にはラッピング袋……

レジの方を見ると、会計待ちの女の子たちが列をなしていた。今から僕は、あの中に混ざるのか…


とはいえ、逃げるという選択肢はない。


僕はまた心を無にして、大人しく列に並びに行ったのだった。

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