第4話 サッカー星人

 芽依先輩がいなくなってからというもの私熊あかりは何の為に練習しているのか分からなかった…。

 明後日、北山対善前の試合を見にいくことになっている私たちは今日が試合前最後の練習になっている。

 明々後日の北山戦私は先輩のために…しかしもう先輩は帰ってくるかも分からない…私は…何のために…?


「………っかり!あかり!」

 私がいくら悩んでいても練習が止まることは決してない私は同じチームの月先輩のパスに気づかなかった。私は急いで戻る、ミスを自分でカバーするために全速力で走る…が、しかしボールを取った敵チームで同じ一年生の北ちゃんとの距離の差は縮まることはなくあっさりゴールを決められてしまう…。誰のプレーも関係しないただのミスに私の弱った心を蝕んでいく…。

「ごっ!ごめんなさい!」

 私は月先輩をはじめ同じチームの皆に謝る…いつもは叱るそんなプレイも何故か誰も叱ることはしない。

「あかり、少し休むか?」

 月先輩はそういうけれど

「いえ大丈夫です集中します」

 私は自分の頬を叩きその提案を丁寧に断る。

「…おうそうか?じゃあいいけど」

 月先輩がそう言った後同じセンターバックをしていた琴先輩にも優しく切り替えの言葉を投げかけてもらえた。

「はぁ…何やってんだろ私」

 1人呟く私を待ってくれるはずもなく試合の笛はなる。

 私たちが攻めている中私がマークをついていた北ちゃんに話しかけられる。

「あかり…気にしてる?」

 私はその言葉に考えなくてもわかるが知らないふりをした。

「え?北ちゃんに決められたこと?」

「っ!違うよ!先輩のこと!」

「…いや別に」

「明らかトーン下がったけど?」

「はぁ…北ちゃんに隠し事はやっぱ無理だな〜」

「いや隠せてないよ?皆めちゃめちゃ心配してるし。まぁ暦先輩は除いて…」

「あの人はそういうの無いからな〜」

「いやそれは違うでしょ」

 今回私と同じチームの暦先輩は珍しくサイドハーフをしていてそれも様になっていて…そんな先輩を2人で見ながら話していた。

「違う?」

「うん…説明はしづらいけど…まぁそんだけ信頼できてんじゃねーの?」

「う〜ん…そうには見えないけど」

 私はもう一度ボールを持っている先輩をみる。

「うん、やっぱ先輩は先輩だ」

「何だそれ」

「ただのサッカー星人」

「それ褒めてるのか…?…でもホントあの人すげーよな3年の先輩全員いつもより何処か俯きがちでやってる感じするけど…あの人は何ていうかキレッキレだよな」

「…いつもでしょ」

「…確かにな」

「てか北ちゃんもめちゃめちゃ決めてたけどね?あそこは空気読んでくれるでしょ?普通」

「いやいや自分が攻めてる時こそ私情は持ち込まないって決めてっから」

「…はぁ、十分北ちゃんもサッカー星人だよ」

「だから何なんだよそれ」


 それから練習試合は結局、ほぼ暦先輩のおかげで勝利する事ができて一方私は反省ばかりの1日だった。


 就寝前一年女子寮にて


「ぷはーっ!やっぱ1日の疲れはコーヒー牛乳に尽きる!」

 今日も元気な月先輩の妹でもある千代田恋歌ちゃんは無邪気に牛乳を飲んでいて

「レンちょん寝る前に何飲んでんの」

 それを苦笑気味に佐藤渚ちゃんがいう。

「渚わかってないなぁ!アンタも牛乳飲まないと北ちゃんやあかり見てぇにスタメンなれねぇぞ?」

「そんなもん飲んでなれたら誰も苦労しねぇよ」

 会話に食い気味に入るように峰桜ちゃんが入ってくる。(ちなみに桜は牛乳が大の苦手らしく…匂いが特に無理らしい)

「桜〜騙されたと思ってさ〜」

 レンちょんが不気味に近づいていきそれを「おい!臭い!」って言いながら頭を蹴っている、それでも不気味な笑顔を続けるレンちょんはすんごく怖い…(笑)。

「おいお前ら明日の朝ここ出るんだしあんま暴れんなよ?掃除とかもしないとだし」

 北ちゃんのしっかりとした言いつけに急にショボンとなる2人。

「だって…桜が牛乳の悪口を…」

「は?!別に好き嫌いしたっていいでしょ」

「まぁまぁ2人とも…」

 渚が止めようとはするが2人はまたも暴れ出して北ちゃんは諦め眠ってしまっている。そんな時だった……べちゃっっ!

「え…?」「あ…」

「ちょっ!今の音何?!?!」

 音にびっくりして起きた北ちゃんがそちらを見る。そこには口に手を当てびっくりする渚と鼻をつまみ息が苦しそうな桜と早くも土下座をしているレンちょんがいて。

「はぁ…あんたホントに月先輩の妹なの?」

「はい、確かに戸籍上ではそうなっているはずです」

 レンちょんの慣れない敬語にため息をつき北ちゃんは布巾を持ってきた。

「これ貸すから拭きな?で、洗ったらすぐ寝ること明日も早いんだし」

 すると北ちゃんは自分のベットに移動し隣に既に寝ていた私に話しかけてきた。

「…あかり何でこんなに私たちの代って馬鹿ばっか何だろな」

「さぁ…でも元気だし私は皆好きだよ?」

「はぁ、私は大っ嫌い!!」

 北ちゃんは強くそう言い切り布団を被った。

「いつもありがとね…」

 私は北ちゃんに聞こえるか聞こえないくらいの声でそう言うと再び眠りにつくことにした。


 暫くして部屋の電気が消えると騒がしかったレンちょん達の小さな寝息と牛乳の匂いが少し残っていた。

「はぁ…寝れないなぁ」

 今日何度目かも分からないため息が静かな部屋を一周する。私は寝れないままある日のことを思い出していた。





 サッカーに出会って間もない頃…それはサッカー星人に初めて会った時のことだ。私は小学校にあがり色んな習い事をしていてサッカーに水泳、習字にピアノでこの頃が一番大変だったかもしれない…私はこれといってずば抜けたものが無ければ苦手なものもなかった、要は全部それほどにはできたという事だ。親戚や友人にはよく褒められていた、字を書けば「一年生でもうこんなに書けるの?ワシは平仮名も覚えてなかったぞ」何て言われピアノを弾けば「コンクールも見えてきたわね」と言われ水泳もサッカーもやってない同級生からはクラスの人気者だった。


         

 私が3年生くらいになった頃だろうか習字や水泳では階級があった為目に見えて上手くなっているのがよくわかった、ピアノもコンクールで銀賞受賞するなどみるみる内に成果が出た。でもサッカーだけは違った…目に見えて実績を出せないサッカーはやって示すしかなかった…だから私はそんなサッカーから少し離れた。

 私は一番当時実績を出せたピアノを半年間頑張ったそして次のコンクールを受けてまたも銀だった。私は金賞の子の名前を見て覚えておく事にした次は勝つという糧にするために。坂口千尋、この子には少し覚えがあった。前回の大会確か銅だった子だ…その瞬間体全身に鳥肌が立ち気を失いそうになる。何で…!何で…!頭の中で響く声がいつの間にか音になる。

「私あんなに練習したのに…!いっぱい‥!いっぱいしたのに…!」

 そう叫ぶと同時に頭には何故か他のものが全て邪魔に見えた。

「そうだ他だ!他がいらないんだ…!」

 そしてその日初めての挫折を味わった。

 

 そしてピアノ以外の全てを辞めた私は勉強もせずにピアノに打ち込んだ…手には豆ができ頭には弾いていない時でも音楽が残るほどで…まるでそれは病気のように…。

 私はそれからの事を鮮明に覚えていてそれは三度目のコンクールの日のこと。

私は緊張と疲れで目眩がしながらも送りの車に弾く曲の苦手な部分を空でイメージしていた。それからコンクールの順番が来た時私はこれまでにないくらいの仕上がりで自信しかなかった。

 でも神様は私のそんな努力なんて簡単に裏切った…。

 

 その日私は多くの声援の中演奏途中に倒れた…。それは過度な疲労による物だったらしい、暫くして母に聞いたことだ。だってその時は気になることが他にあってそれで頭が一杯一杯だったんだから。

「金賞!金賞は誰だったの!?」

「…っ!?あかり!!!!!もうやめて!!!!」

 母はその時初めて叫んだ辛そうな顔に大粒の涙を溜めながら…。

「え…?ママどうしたの?」

「どうしたのって分かるでしょ?!もう何位だっていいんだよ?私は何も求めたりしない」

 しかし母の優しさであるその言葉は私の怒りに火をつけた。

「よくない!!!!!」

 初めて親に反抗(?)したのかもしれない、でもその時の私は止まる事なんて出来なくて

「いちばんじゃなきゃダメなの…!何かで一番じゃなきゃダメなの…!」

 母は驚いていてとても辛そうで溜まった涙は止まらなくなっていて。その後落ち着いた後、首を左右に振り私の肩に手を置き優しく話してくれた。

「あのね?これだけは聞いてほしいの。あかりがもしこれから世間からは評価されなかったり優劣を決められる事だってあるでしょう。でもどんな時でも母はあかりのそばにいるし…それに私の中ではいつでもあかりが一番なの。だってそれは私のたった1人の自慢の娘だもの」

 その言葉を聞き私の胸にあった何かが殻になるような…重たかった体が後ろから支えられたような気がした。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!ママー!ママー!」

 泣き叫ぶ私を握りしめる母。その温もりは私の冷えた心を優しく包み込む。

「まま…?…あのね…?」

「どうしたの?」

 母の声は優しく脳に入ってくるとても居心地がいいほどに。

「あのね…?あかりね…?もう、辞めたい…な」

 それは心からの叫びであり願いだった。もう辞めたい、その一言が私には遠かった。それは迫られる使命感、やっても意味ないんじゃないかという絶望感そのどれもを殻にするようなそんなもの…。

「うん。あかりがしたいようにするといいよ?」

「…うん…でも何もかも辞めちゃうのは怖い…それが一番怖くい…」

「…じゃあサッカーやってみたら…?辞めちゃったけど一番似合ってた気がしたし」

 こうして私にとってのサッカーは優劣がはっきり分からかった物でもあり母が私を思って選んでくれた物でもあり、後に大好きになったものだった。


 私は小学校高学年になって男子にも負けないくらいサッカーを磨いた、一番じゃ無くていい…そんな事を常に心に抱きながら。

 だからかやっぱり私なんかより上手な子は沢山いた…私よりも年下なのに一回もボールを取れない子だってザラにいて…。私たちの同世代の子にも年上にも負けないくらいの子はいた。でも私はしないと分からないサッカーはそんな私を今までよりは苦しめることはなかった。でもだからなのか私はそのクラブチームであまり周りと話そうとしなかった、常に1人で誰とも争わず。その頃名前も知らない彼女らの事を私はサッカー星人と呼んだ。そんなサッカー星人は争うことを楽しみにしているようだったまるで獣のように…。

 私はそんな時、声を掛けられたそれは同級生の密かに憧れているほど上手だった子だった。

「ね!あかりちゃんだっけ!君私知ってるよ〜」

「え…?どうして?」

「あかりちゃんってピアノしてたでしょ!」

 その声にドキりとし、はいともいいえとも言えないでいた。

「いや〜途中で倒れなかったら私多分負けてたよ。あ!皮肉とかじゃないよ?ただ前から憧れてたんだぁ。この子みたいに!って」

 それを聞いて鳥肌が立つのを感じた目の前で話す彼女。それが輝いて見えたのは同級生だったからじゃない…そう彼女はあの日金賞を取った坂口千尋ちゃんだったのだ…。

 


 それからというもの彼女には私とは違う何かがあるのを感じた…。

「ま…またかよ…」

 今日も青い綺麗な空を1人で見上げる。…でも考えなくてもそれは簡単に答えに辿り着く。生まれ持っての才能という結論、そりゃ彼女だって努力はしたに違いないそれに彼女は私みたいに途中で辞めたりはしていないし一つだって嫌いになったものもないだろう…。でもさ神様理不尽すぎやしないかい…?同じ時を生きてきて環境は違えどたくさんの努力をしても勝ち負けはついてしまう。そんな世の中に私はまた涙が溢れた。

「あぁ…何だ今日は天気予報…晴れだったはずだった…のになぁ」

 私は何もかもがどうでも良くなった。それは辛いとかじゃない逆に争ってやろうという。サッカー星人、いや人生の星人共に勝ってやろう…と、この先才能の差があったとしてもその差を埋める努力をしてやろう…!と。

 


  そして私熊あかりはサッカーを最後に決めた。もう辞めないどんなに壁があろうと…どんなに私が神様に嫌われようと…報われる日が来る事を願って。

 そしてその日から今日のこの日まで私はサッカー星人との差を努力で埋めている。


「あかり〜掃除するよ〜…って何で枕濡れてんの?」

 目の前にいる北ちゃんがびっくりしている。

「いやーごめんねぇ何だか色々考えちゃって」

「…まぁそうだよね」

 私のまさかの直接的な物言いに少し間が空いてしまったのですぐに訂正した。

「でもね?もう大丈夫!よし!掃除しよ!」

 私は強く言い切る。

 だって私にとってこれはチャンスだったサッカー星人の1人である芽依先輩の役に立つため、そして実は北山中のスタメンである坂口千尋をぶっ倒す。

「主役は揃った!絶対明後日の試合勝つぞ!!!!」

 そういうと北ちゃんは戸惑いながら渚も目を大きくして恋歌も桜も肩を組みながら。

「「「「おう!!!!!!!!!!!」」」」と大きく強くみんなで。





 



 


 

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