第5話 秘密

 次の日、竜司は漁を早々に切り上げ、早めに茜ハウスを訪れた。

「茜ばあちゃん、俺が手伝えることがあったら何でんゆうてくれ」

「ありがとーね。今、七瀬さんが厨房で仕込みばしとるところじゃ。行ってくれんか。もし、何か手伝いを求められたら応じちゃっておくれ」

「わかった」


 竜司は厨房に入った。七瀬が気を散らすことがないよう足音を立てずに進む。七瀬は調理台に向かい、羽釜に材料を入れているところだった。彼女の真剣な横顔を見て、竜司は声をかけるのをためらった。

 七瀬は冷凍トマトのかき氷を羽釜に入れた。これですべての材料が入ったはずだ。すると、七瀬はブラウスの左袖をまくり始めた。肩口までまくると二の腕に巻かれたベルトのようなものが現れた。幅は三センチぐらいで留め金が付いている。彼女は留め金を操作してベルトを外し、手のひらを合わせ包み込むようにして持った。ベルトは袋状になっていて、七瀬が指でしごくと中から赤いものが出てきた。赤珊瑚だ。

 七瀬は赤珊瑚をまな板の上に置いた。包丁を手にして赤珊瑚を見つめる。やおら、包丁を振り上げると、勢いよく振り下ろして包丁のつかを赤珊瑚に叩きつけた。

 ゴンッ、鈍い音がして赤珊瑚は砕け散る。

「えっ!」

 竜司は思わず声を出した。


 その声に、七瀬はゆっくりと振り向き、竜司に目を向けた。

「見てしまったのですね」

 静かな口調で話す彼女の目は涙でいっぱいになっていた。その涙は血のような紅い色をしていた。

「しかたないですね」

 七瀬は深いため息をついて、調理台に向き直った。おいてあった十センチほどの昆布を手に取って、その先で自らの涙をぬぐった。その昆布を羽釜の中の米に突き刺す。

 羽釜に蓋をし、火にかけてから、竜司の方に振り返った。

「このことは秘密にしておいてください。竜司さんには全てが終わってから説明しますので」

 彼女の目に宿る強い意志を見て、竜司は同意するしかなかった。

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