第3話 難題

 七瀬が茜ハウスで働き始めてからひと月ほどが過ぎた。料理がよりおいしくなったと言う評判は広がり、港の周辺だけではなく、少し離れた地域からもお客がやって来るようになっていた。そうした中で、茜ハウスに難題が持ち込まれた。


 その日は海が荒れたため漁に出ることができず、竜司は昼飯を茜ハウスで食べていた。昼過ぎのことで、ほかにも数人の常連が店内でしていた。


「茜さん、おるかね?」

 年配の男性二人が店に入ってきた。二人ともネクタイを締め、スーツを着ている。

「おや、横山さんに柏木さん、いらっしゃい。堅苦しか格好ばしてきたとゆうことは、なんか仕事の話なんかね?」

 カウンターの中から茜が声をかける。

「ああ、ちかっとやおいかん事ばお願いすっことになったんじゃ。話ばさせてもらえんかね?」

 白髪頭の男性、天海町商工会副会長の横山が答えた。

「どがん話かねぇ。まあ、座りんしゃい」

 茜はテーブルの一つを手で指し示した。横山ともう一人の男性、天海町観光協会の会長の柏木は、テーブルの席に着き、茜は対面する位置に座った。横山が話し始める

「夕べ開催した、天海町集客プロジェクト策定会議なんじゃが……」

「ああ、出席できんですんませんなたー。ばってん、委任状ば出したて思うたんじゃが」

「確かにいただいたばい。それで、夕べん会議でプロジェクトば決まったんじゃ。こいば見てくれ」


 横山はA4サイズの紙十数枚に印刷された資料を鞄から取り出して、茜に渡す。その表紙には『天海町入込いりこみ客倍増プロジェクト イメージカラーを統一し、町が一丸となって観光客を呼び込む』とあった。柏木が説明を始める。

「すぐ近くの唐津や有田、そして博多にはがばいようけの観光客やビジネス客が訪れとる。そん人たちに少し足を伸ばしてもろおて、こん天海町に来てもらうんじゃ。そんためには、弦海町が一体となって強烈なアピールばしていくことが必要じゃ。それでイメージカラーば決めて、すべてん集客施設ばそん色に塗り替えて、景観ば統一すっことになった」

「いめぇじからぁ?」

「具体的には黒とあお。天海町の大地を造る玄武岩の色である黒、ブラックと、玄界灘の海の色であるあお、オーシャンブルーじゃ」

 柏木は資料をめくり、二つの色の四角が印刷されたページを開いて茜に示した。

「手始めにこん茜ハウスを黒とあおに塗り直させてもらうことになった。費用は商工会と観光協会で負担させてもらう」

 茜は口をあんぐりと開け、しばらくたってから答えた。

「なしてうちが一番なんじゃ?」

「ここは最近評判が上がって、多くのお客ば集めとる。そして、こん赤い瓦と壁じゃ。ここから始めればアピール効果が大きかとゆうことで、夕べん会議で決まったんじゃ」

「こん家の瓦と壁は、うちん人がうちん名前に合わせて赤か色で作ってくれた物なんじゃ。こんままで許してもらえんかのぉ」

「茜さんからは委任状ばもろうとる。会議ん決定には従ってもらわなければならん」

 柏木は強い口調で言い放った。


「集客施設ば統一て言うことなら、めし屋ばやめっぎい、塗り直さんでよかかのう」

 途方にくれた茜が呟くと、周りで話を聞いていた常連たちが割って入った。

「この店んうなるとわしらが困る。やめるなんてゆわんでくれ」

「柏木会長、何とかここば例外にしてもらえんかのう」

 しかし、柏木は引かなかった。

「こがんことは皆がやることが必要なんじゃ。例外は絶対に認められん」


 その場の者たちが口々に意見を述べたが平行線で、話はまとまらない。茜はうつむき、黙り込んでしまった。その時、七瀬が厨房から出て来て柏木に話しかけた。

「すみません、少しいいですか」

 柏木が、なんだこいつは、と言う表情で彼女を睨みつける。

「お話をお聞きしました。イメージカラーを決めるのはとてもいいことだと思います。でも、黒とあおの二色に限らなくいいのではないでしょうか。この茜ハウスの色である赤も含めてはどうでしょう?」

 常連たちは彼女の言葉に、助け舟が来たと安堵の表情を浮かべたが、柏木は不機嫌そうな顔つきのままだった。

「数ん増えたらイメージがぼやけてしまう。二色が限界じゃ。さらに増やす必然性はなか」

「そうでしょうか」

 七瀬は食い下がる。

「赤はこの町の名物である真鯛の色です。そして、茜さんと私は新しいメニューとして赤い鯛めしを開発しているところです」

 七瀬は言葉を止めて一同を見回した。皆が強い関心を抱いていることを確認したうえで、柏木に向き直り、勝負を求める言葉を放つ。

「どうでしょうか。私は明日、その赤い鯛めしを作ります。それを柏木さんに味見していただいて、もし『おいしい』と言っていただけたら、赤をイメージカラーに加えていただき、茜ハウスの塗り直しは無しにすると言うのは?」

 真摯な対峙を求め、七瀬は柏木を真っすぐに見つめた。柏木は首を傾げて答える。

「そりゃあ、おいしさの判断をわしに一任すってゆうことだぞ。それでよかか?」

「はい、自信がありますので」

「わかった。ではわしは明日またっことにしよう。横山副会長、あんたもここに来て、証人になってくれ」

「了解や」

「常連の皆さんもな」

「おう」


「では、時間は明日の午後五時でいかがでしょうか?」

「問題なか」

「私もだ」

「それでは赤い鯛めしを作り、午後五時にお待ちしております。今日はお引き取りください」

 七瀬の言葉に、横山と柏木は引き揚げていった。

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