外伝
ヴィクターの火祭り(1)
クレヌール王国は動乱の最中にあった。新国王ハロルドの即位と、それに反発するスカンプ公の謀反。ハロルドはスカンプ公との決戦に勝利し、国外へ追い出した。
しかし、スカンプ公に味方した貴族は戦場を逃げ出し、それぞれの領内に逃げて立て籠もった。ハロルドは軍を率いて、これら反乱貴族たちを地道に潰していかなければならなかった。
そうこうしているうちに新年を迎える。ここでハロルドは意外な問題に突き当たった。
「お金が無い」
今年の税収の見通しと、これから必要な軍資金の試算を見たハロルドは呻いた。まるで足りていない。
まず、クレヌール王国は山と荒れ地の多い土地だ。土地はそれほど豊かではなく、そのため税収も少ない。
次に、貴族たちが反乱を起こしているため、必要な軍資金は平時の数倍に跳ね上がっている。
更に近衛騎士団長ヴィクターが首都の反乱市民に負けて減税を約束してしまったため、ただでさえ少ない税収が更に減る見込みだ。
とどめにスカンプ公だ。内戦で被害を受けた土地は収入が見込めないどころか、見舞金を出さなければ農民たちが逃げ出してしまう。
簡単にまとめると、収入が例年の半分以下なのに、出費が倍以上になるという、絶望的な状況だった。
「今年は戦争やめよう?」
「ですが陛下、反乱貴族を野放しにしたらこの国はおしまいです」
「そのおしまいの原因の一端を担っている自覚はあるか、ヴィクター?」
「やめんか、ふたりとも。ケンカしている暇があったら金を集めるのじゃ」
ヴィクターとハロルドの絆にヒビが入りかけたものの、太后ヘレナが叱ったことで事なきを得た。
こうしてヴィクターとハロルドは借金をしてくることになった。
ヴィクターは国内の商人たちから金を借りた。イケメンで地位もあり人気者だったヴィクターの頼みということもあって、商人たちは快く金を貸してくれた。中には隣国の商人から借金をしてまで借金させてくる商人もいた。代わりに金利は大変なことになった。
一方、ハロルドは他国から借金をすることにした。太后ヘレナの実家であるエンデ連合に頼み込んで、今年の軍資金を借りてきた。担保として差し出したのは、王国の東側のエール地方。利息を支払えなくなったら、この土地がエンデ連合に編入される。
とにかくふたりはどうにか資金を集めた。だがここで、新たな問題が発生する。
「お金が無い」
当座の資金は用意した。しかし、これから借金を返すアテがない。繰り返すが、クレヌール王国はそれほど豊かではない。収入が例年通りになっても、利子の支払いだけで首が締まるような小国だった。
金が必要だ。正確には金のなる木が必要だ。すなわち産業育成。幸い、ハロルドには秘策があった。
「これを見てくれ、ヴィクター」
ハロルドがヴィクターに差し出したのは、革袋だった。中を見ると、親指の爪ほどの大きさの茶色い豆がぎっしりと詰まっている。
「これは?」
まさか、ただの豆な訳がない。そう思ったヴィクターが問いかけると、ハロルドは自慢げに答えた。
「エンデ連合の商人から買い付けた、山賊豆だ」
「山賊豆?」
不穏な名前にヴィクターは眉をひそめる。ひょっとして、変なものを掴まされたんじゃないかと思うヴィクターに、ハロルドは解説する。
「これは南の神聖王国でとれる豆なんだが、小麦どころかライ麦も、インゲンも育たないような土地でも育てることができるんだ」
「へえ、それは凄いですね」
この国の主食は小麦だが、土地がそれなりに肥えていないと育たない。そのため、痩せた土地ではライ麦やインゲンを育てている。それらすら育たない荒れ地で豆が育てられるなら、収穫量アップは間違いなしだ。
「では、これを育てて他国に売るのですか?」
「いや。売れない。それ、食べられないから」
「はい?」
「全然おいしくないんだ。味が無くて砂を食べてるみたいな食感で、一度食べたら二度と口にしたくなくなるような、そういうモノらしい。
こんなものを毎日食べるくらいなら、山賊になった方がマシだ! っていうことで、山賊豆って名前がついたんだと」
「ゴミじゃないですか」
あんまりにもあんまりな豆の正体に、思わずヴィクターは毒を吐いてしまう。
しかしハロルドはニヤリと笑った。
「そうだな。人間にとってはマズくて食べられない、使い道のない豆だろうな。でも、動物は味を気にしないだろう?」
「……なるほど!」
そこまで言われれば、ハロルドが何を考えているかわかった。この豆を動物たちのエサとして農民に育てさせようというのが、ハロルドの考えだった。
「牛、豚、鶏、羊、馬、ロバ、ヤギ、アルパカ、コカトリス、アルミラージ……我が国で育てている家畜たちのエサをこの山賊豆にすれば、もっとたくさん育てることができる!」
「それを売ってお金を稼ぐ、ということですね!」
ハロルドは大きく頷いた。
山の多いクレヌール王国は牧畜が盛んだ。人は麦を食べねば生きていけなくても、家畜たちはその辺の草を食べて生きられるからだ。
また、険しい地形で育った家畜は、食べれば身が締まっていて旨く、働かせれば疲れ知らずで、毛は顔を埋めたくなるほどモフモフである。そのため、他国の商人たちが高値で買いに来るほど人気だ。
この牧畜産業を育てようと、歴代の王たちは工夫してきた。しかし、家畜を増やそうにもエサが足りない。そのへんの草といえども無限ではないのだ。だからといって畑でエサを育てる余裕もない。
山賊豆はこの問題を解決してくれる、救世主のように思えた。
「今まで使っていなかった土地をこの山賊豆の畑にする。とれた豆は国で買い上げ、牧場に持っていく。そして育てた家畜を売る。どうだ、完璧だろう?」
「豆の値段次第ですが、いいと思います」
「だろう? さしあたっては、ロバとアルパカの牧場を増やそうと思っている」
「え、コカトリスは育てないんですか?」
コカトリスは肉や卵が薬になり、羽根や瞳は魔除けになり、翼や尻尾の蛇は魔術の材料になる。また、懐いた成獣は番犬ならぬ番鳥にもなる。ヴィクターの家でも何匹か飼っている。馬よりもずっと価値があるから、金稼ぎには一番だとヴィクターは思っていた。
しかし、ハロルドはため息をついて、首を横に振った。
「あのなあ。水を飲んだ泉を毒にして、蹴りで木箱をぶっ壊して、目から石化ビームを撃つ家畜は気軽に増やせないんだよ。
年末もコカトリス飼いがひとり石化して、まだそのままなんだから」
「まだ解呪してないんですか!?」
「年末年始は教会も忙しいからな……今日、やっと司祭が出発したそうだ」
コカトリスのビームを受けると、生き物は意識を失い石化してしまう。即死はしないが、放っておけば衰弱死する。解除するには司祭による
「それで、ヴィクター。お前に頼みがある」
「はっ」
ヴィクターは改めて臣下の姿勢をとる。
「お前の領地でこの山賊豆を育ててほしいんだ。できるか?」
「仰せのままに」
ヴィクターの領地は収穫が安定している。実験で作物を育てるには丁度いい。
「頼むぞ。この借金を返せないと、国を売りに出すことになる。国家存亡の危機だ。
俺の方でもワインのブドウを作ったり、鉱山を探したり、いろいろやってみるけど……一番儲かる見込みが高いのはその豆だ。
たくさん作って、たくさん家畜を増やすんだ」
「はっ!」
期待されているヴィクターだが、そこまで気負ってはいない。やることは、育てやすい豆を育てるだけだ。方策はいくつか浮かんでいる。戦場で勝ってこいという難題でもない。うまくやれるだろうと思っていた。
まさかこれで敗北数が一回増えることになるとは、夢にも思っていなかった。
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