第20話 ヴィクターの決意

 戦争は終わった。近隣諸国の援軍と共に首都に立て籠もるクレヌール王国と、大軍を率いて国境に陣取るメルガイア帝国軍の間で使者が交わされ、停戦条約が結ばれた。ヴィクターたちが帰還する数日前のことであった。

 ゼクセン国王ウィリアムは解放された。だが、国王の威厳はもう無い。遠からず退位し、メルガイア帝国の息がかかった新王が擁立されるだろう。

 クレヌール王国は多額の賠償金を支払うことになったが、国王の座はハロルドが保持することになった。成り代わるスカンプが戦死してしまい、大義名分がなくなったからである。


 ヴィクターが首都に辿り着いてから数日後。首都では大規模な葬儀がしめやかに行われていた。

 棺に収められているのは、ガイアー・エルフリード卿。先日の戦いで最後まで戦場に残り、その身を犠牲にしてハロルドたちを逃した英傑であった。

 葬儀の形式は国葬であった。この国ができる、死者への最大限の敬意だ。かつての謀反人にはあまりに過分、という声も無くはなかったが、ハロルドが一括して黙らせた。そもそもヴィクターのために準備した国葬を流用しているので、わざわざ形式を変える方が無駄だった。

 それに、参列者たちはもう、エルフリードを謀反人とは思っていない。命を以て罪をそそぎ、王を守りきった武人として、最後の別れを告げていた。


 ヴィクターもそうしたかった。だけど、できなかった。オムリから受けた傷は深く、しばらくは安静にしていなければならなかった。そのため、葬儀の様子を王宮の窓から眺めることしかできなかった。


 不甲斐ない、と今でも思う。オムリの暴虐的な強さは身に沁みている。それでも、自分があともう少し何かできればエルフリードは死ななかったかもしれない。エルフリードの家族であるグレイスが、葬列の横で涙を流すこともなかったかもしれない。

 できることなら、あの場で馬から這い降りて、戦いに参加したかった。何もできずに蹄に踏み潰されるだけだったとしても、自分を助けて人が死ぬような目に遭いたくなかった。だが、言われてしまった。娘を頼むと。


 ガイアーが死んだ以上、エルフリード家は風前の灯だ。グレイスが優秀な騎士と結婚できなければ彼女は路頭に迷うだろう。英雄の一人娘だ。求婚者は多いだろうが、彼女に見合う騎士が、あるいは貴族が見つかるかどうかわからない。

 ヴィクターとしては、あのグリムハルトと結婚したら丁度いいんじゃないかと思っていたが、あの撤退戦以来誰も姿を見ていないらしい。とにかく今はヴィクターが彼女を守っていかねばならない。

 去った英雄に向けてヴィクターは誓う。


「エルフリード伯爵。貴方が守ったこの国とご息女は、私が必ず守ってみせます」



――



 この後、クレヌール王国は外征を控え、国の安定に力を注ぐことになる。

 国王ハロルドは殖産興業に力を注ぎ、世界各国の新技術を積極的に取り入れた。彼のあだ名である『少年王』は、いつしか少年のように新しい知識に興味を示す性格を指すようになっていた。

 ヘレナは大后の座を降り、実権をハロルドに譲り渡した。それでも宮中で存在感を示し、時には外交を取りまとめる事もあった。特に、実家であるエンデ連合王国との交渉は彼女に任されていたと言っていい。

 アントニオ・ドリッヒェン・ヴァンス侯爵は引き続き将軍を続けていたものの、老齢により引退することになった。後を継ぐはずのヴィクターはこれを固辞。カーチス・ベッグマン伯爵が代わって将軍になった。

 将軍の座を固辞したヴィクター・ドリッヒェン・ヴァンス侯爵は、生涯、近衛騎士団長としてハロルドの側に仕えた。最も将軍の座に相応しいエルフリード家に遠慮したとも、戦闘だけでなく政治や外交にも才能を見せたヴィクターを、ハロルドが手元から離したくなかったとも言われている。


 生涯戦績が0勝100敗の『出たら負け騎士ナイト』ではとても将軍などできないと、ヴィクターがハロルドに泣いて訴えたという真実は、歴史には残っていない。

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